2013年11月5日火曜日

あしたのうた

あしたはきっといいことあると
しんじるひとがここにもいるよ
だけどあなたはかたをすぼめて
なみだでかおがぐしゃぐしゃさ

あしたはきょうよりいいひだと
きぼうをもってたえているのか
だけどやくそくしてくれないよ
だからゆうきがひつようなのさ

あしたはだれがつれてくるのか
ぼくのゆうきがつれてくるのか
だからあったらつたえておくれ
きっとにげずにたちむかうよと

2013年11月4日月曜日

いま死のうとしているひとへ

いま死のうとしているひとへ
何が手渡せるだろうか
いや、比喩ではなく
(そう、)言葉でもなく
「それ」を手渡さなければならないのだ

いま死のうとしているひとを前にして
何が手渡せるだろうか
口ごもって、焦って……
何も手渡せない

では何か、できるだろうか
思い出話をして時間稼ぎをしながら
何が手配できるだろうか
何かできるだろうか

いま死のうとしているひとが
死んでしまったら
死んでしまったひとの思いや感覚は
もしかしたら「もっといい場所」に移って
楽に、軽くなるかも知れないのだ
(そんなことを、私も、考える)

いま死のうとしているひとは
それを知っていて、この世との未練を
少しずつ捨ててきたのだろうか
緻密な計画をやり遂げてきたのだろうか
(私が生きていく計画以上に…)

いま死のうとしているひとに
私は未練があり
私は常に周囲の様々なことを「世間人」のように感じようとし
そのことで安心を得てきたから
(だが安心というのは最もひとを退化させるから)

いま死のうとしているひとと私は
短いつきあいだが
どれほど多くのことを教えられただろう
私が生きも死にもしないうちに
いま死のうとしているひとは
生きて死んで
2つのことをなしとげるのだ

いま死のうとしているひとよ
私もいつかあなたの後を追って死にたい
そのときあなたはどこにいる?
私はそこを尋ね当てて
こんどは本当の生き方をしてみたいと
話すのだろうか

いいや
それは避けなければならない
それよりいまは
いま死のうとしているあなたに
あなたが好きなパパの抱擁を
届けなければ
そんなことが手配できたら
私があなたと巡り会った理由があったと
初めて思えるかもしれない

というより
あなたのことがなぜ私にとって
大事なのかを
私にその理由が必要なのかを
あなたには無意味でも
知るかもしれない

2013年11月3日日曜日

庭に幾つもの蚊取り線香がたっついる

庭に幾つもの蚊取り線香がたっている
あれは誰の庭だったのか、誰に聞いてもわからない
水銀灯の光で青く浮かび上がる庭石、芝生の緑
錆びかけたブランコ
背の高さほどの柿の木
まかれて蛇口のそばに置かれているビニールのホース
どんな時が過ぎようとも放っておかれているのは
過ぎていこうとする時自身
ここでは人ではなく
時が旅人であることが
よくわかるのだ

2013年11月2日土曜日

丸裸の私

右耳は人の声を聞く耳
左耳は亡き人の声を聞く耳
両耳の間にいてアンバランスな私

右手は慰めるためにあり
左手は払いのけるためにあり
両手の間にいて果実の少ない私

右脳は誰かを愛し
左脳は他人を罰し
真ん中にいる私は
丸裸の私

2013年11月1日金曜日

通勤電車

疲れた顔して電車に乗っている
つまらないことに思いを巡らせて
野原を駆け回っていた心は
どこかで迷子になってしまった

空回りするむなしい言葉を吐く
言いたいことは何も言えない
くり返し願っていたあの夢は
暗がりで埃をかぶってるんだね

世間はみんな他人の顔してる
自分を守るための服をまとって
知らない子と手をつないだ
初めてにことばかりだった日々よ

2013年10月31日木曜日

しごと

みつおは
くるひもくるひも
まいている
トイレットペーパーを
それがみつおのしごとだったから

まきこは
くるひもくるひも
ならしている
ゆびを
それがまきこのしごとだったから

かおるは
くるひもくるひも
かきかえている
ちょうめんを
それがかおるのしごとだったから

きみは
くるひもくるひも
なにしてる?
あきることなく
それがきみのしごとだったのかな?



2013年10月30日水曜日

爽やかな朝を迎えたいと

爽やかな朝を迎えたいと
思っています
爽やかな朝はやってきますか

いいえ
きょうは
やってきません

2013年10月29日火曜日

くせ

こぶしをつくって
人差し指の横腹を噛む

おいしいお肉を食べなさい
指だって痛くはないよ
痛キモチいい感触だろ

歯も指も覚えている
自分の脳が
どう感じたか

歯と指は
意外と
仲がいい

爪は最近
思い出してもらえない

その分

ネーリストといつも見詰めあっているから

2013年10月28日月曜日

心 〜滝に打たれている〜

滝の音が耳についていて離れない
視線はウインドウ越しの道を見ているが
心は方々をさまよい
波打ち際や渓谷を行く列車や高校の夏の明るい教室や
恋人に別れを告げられた喫茶店や様々な場面で向き合った人びとの表情を
光速で辿るが
耳は滝の音と
今いる場所の音の中に動かずにいる
それを証明しようとするように
視覚もここにいて
ただ今を見つめている

心だけが
私の事情に関係無く心を乱して
自らでかけて行く
この時心は一つではないと心は悟っていた

2013年10月27日日曜日

鶴脱臼(つるだっきゅう)ホテルへようこそ  ほか


『鶴脱臼(つるだっきゅう)ホテルへようこそ 』

母娘の信頼がくじけそうになったときには
鶴脱臼ホテルへようこそ


『瓦礫の下敷きになりました』

八階の床が崩落し
七階で私は瓦礫の下敷きになりました
掃除のおばさんが発見してくれて
瓦礫をどけてくれましたが
私には約束があったので
すぐに約束の場所へと向かいました


『北海道にあります』

北海道にあります
自動車教習所は雨で泥濘んでいます
近くの駅は災害で壊れたまま
駅舎は傾いたままです


『歩きながら飲め』

屋外広場での昼食会は終わっていました
友だちが茶を注いだ茶碗を茶托にのせそれを四つかかえて追いついてきました
もう自動車教習所へと歩き出しているのに
歩きながら飲もうというのです

2013年10月26日土曜日

えらいひとは


えらいひとは
なぜえらいのか
えらくないわたしは
かんがえます

えらいひとに
なりたくないと
なれないわたしは
おもいます

えらいひとは
ほかのえらいひとを
だいじにするのは
なぜでしょう

えらいひとは
みんなのじんせいに
よろこびをあたえます
かなしみとおなじくらい

えらいひとは
それでもいきることには
いみがあると
おしえてくれます

えらいひとは
なんのために
えらいひとを
やっているのでしょう

えらくないわたしは
なんのために
えらくないひとを
やっているのでしょう

2013年10月25日金曜日

さようなら


しずめすしずめでんしゃのり
るのとばりはもうおりた
ちにかえればはらぺこの
きむしけむしのごんたくん
っきょのかおしてまっている

2013年10月24日木曜日

庭の木々が

庭の木々が私を見ていた
あの時は気づかなかった
五月に花びらを落としたモクレンが
そのことを忘れようとして
私に視線を投げかけてきた

あの時は分からなかった
私には何もしてあげられない

木々の上の空から
雲が私を見て
待ちきれないという様子で
去って行った

だが本当は
私の方が待ちきれなかった
私はすぐに意味もなく立ち上がり
身支度を始めたから

あの時は知らなかった
私がいないところで起こっていたこと
それを知らせようと
周りのものたちが働きかけてくれていたこと

私は何も知らなかった
いまも屋根の上に雨が降り注ぎ
テーブルの上のコーヒーカップが微かに湯気をたてている
いま私が何を知るべきなのか

指先から文字は生まれ続けるが
私は何も気づかなかった
私は何も気づけなかった

2013年10月23日水曜日

永遠の住処

夢の中でしか行くことができない場所を見つけた

水辺にちょうどいい窪みだってある

持っていないものは何でも借りられる

ここにいれば誰もがやさしくしてくれる

バカにしてののしってくる者もいない

鼻につく見栄っ張りも見ることがない

それできみは

ここにいることにした

どこへも帰ってゆく理由はない

枯れた草花を焚いているので悪い虫もよってこない

生々しい問題はなにもないここは

永遠のきみの住処

疑わなければ消え去ることがない

きみがひとりでいるところ

2013年10月22日火曜日

ヤマトタケル

ヤマトタケル
ヤマトタケル
これは呪文です
ヤマトタケル
ヤマトタケル
ヤマトタケル
に遭遇したことはありませんその憶えはありません
ヤマトヤマトヤマトタケル
ヤマトタケル
いまは悶々として苦しくても電話するのは流行りません
重たい話題は禁止です
ヤマトヤマトヤマトタケルヤマトタケルヤマト
スピリチュアルな話題に変換して
せめて少しだけでも話します挨拶代わりに
ヤマトタケルヤマトタケル
それでも彼女は友だちに次々と電話していきます
切られても嫌われてもその方が楽だと気づきましたから
クラウドにはいい写真が増えました魅力的な自分の写真も
時間は味方してくれます世間よりはやさしい
しかし神様の味方をしようとしても神様は暗闇に隠れてばかり
ヤマトタケルヤマトタケルヤマトヤマトヤマトタケルタケルヤマト
それだからふて腐れて加速度を付けて毎日夢の中に落ちていきます
だれも文句を言うことはできません好きにできます
夢の中から戻るときに戦争ゲームのように現実と勝負します
絵札をたんまり仕込んできているのでまず現実に負けることはありません
ヤマトタケルヤマトタケル
ヤマトタケルヤマトタケルヤマトヤマトヤマトタケルタケルヤマトヤマトタケル
何回でも何遍でも繰り返しますその間は老けません
ヤマトタケル
さて要らないものは喜ぶ知人に送りつけましょう
役立たずの冠をかぶった醜いハリボテくんは火にくべてお祈りしましょう
ヤマトタケルヤマトタケルねえそれでいいんだよね

2013年10月21日月曜日

アタマとココロ

となりどうしのアタマとココロ
うまくやってはくれまいか

だましあうのはやめにして
いやみいうのはあとにして
うまくやってはくれまいか

となりどうしのアタマとココロ
どちらがえらいこともない

きずつけあうのはなんせんす
たまにけんかもいいけれど
うまくやってはくれまいか

おねがいだから
おふたりさん

2013年10月20日日曜日

雨の日の電車


ニューヨークのミュージアムショップで買った傘をさして歩いている。家から駅へ向かう道。傘を買ったのは十年以上も前の夏。今は秋。
ホイットニーミュージアムのロゴがデザインされた傘。私はその傘の中に収まって、足を前へと振り出している。きょうは、中国人の友だちが誘ってくれた京劇を観に飯田橋までいくのだ。
雨は歩道に川を作っている。喉が渇いたのでセブンイレブンで緑茶のペットボトルを買ってナナコで支払った。すでに靴に水が浸みて靴下が濡れている。雨の日に履くのは初めての靴だった。
電車に乗ると皆、傘を持て余し気味に持っていた。
電車もまた、車内を傘の滴で濡らしながら、濡れながら走っていた。

2013年10月19日土曜日

こわがることもわすれて


すきなことをすれば
あっというまに
いやなことはすぎる
おもいだしたくないことは
ちいさくちいさくちぎって
たきびのなかになげいれちゃう
なにがもえたのかさえ
きっとわからなくなる

ぱぱままは
おもいでのたからばこがもう
いっぱいだけど
これからなにをいれようか
かんがえるのはたのしい
つらいひびは
てをつないできて
なかなかはなしてはくれないけど
いつかじぶんからてをはなせばいい

しあわせになっても
ばちはあたらない
ひとりじめしなければ
このよは
みんなのすみか
すきなことをやって
すきなひとをみつけて
すきなばしょにいればしあわせ

ぱーてぃーもわるくないね
ひとりで
よぞらのほしとかいわするのとおなじくらい
こわがっていないで
こわがることもわすれて
すきなことをしよう

2013年10月18日金曜日

不要なものを


不要なものを
捨てようとした時
近くで
〈私も不要でしょう〉
という声

見ると
目が合った

押し問答

分からない
不要 か
どうか

時が経つ
すると
また
どこからか
〈私も不要でしょう〉
という声

〈不要ですか〉

訊いてみた

答えない
目が訴える

〈きっと不要です〉

不要なものを
放置しているのは
全員

捨てられずにいると
いつまでも
不要なまま

信じてもらえない
ならず者

捨て場所は
ある

ここは広い宇宙だし
置き場所を
変えるだけ

不要なものが
手をつないで
行きたがっている

行かせてあげれば
君も
行ってもいいよ

2013年10月17日木曜日

薄暗がりにたたずむこころ

薄暗がりにたたずむこころ
こんなに重い

丸いパイプの
ペンキが剥げたところに
同じ色を塗り重ねると
すると
そこは新品よりもいい色になる

薄々気づいていたこと
だけれど世間はそんなことばかりだ

十重二十重に
塗り重ねられた空は
今は亡きあの映画監督が作った映画さながら
高い天井から吊り下げてある

私は足もとと頭上を交互に見る

約束ごとのように
背後にお化けたちの気配がするが
気づかなかったことにしておこう

よんどころない事情があるのは
人間ばかりではない

薄暗がりは
私のこころを隠そうとしているが
すでに
隠せない大きさになってしまっている
私のこころ

2013年10月16日水曜日

うつ病の友だち

うつ病の友だちは
うまくいってしまうことが怖い
やらない理由がみつからなくなるから

うつ病の友だちは
会いたくないときに人と会う
ふだんは会いたくても会えないから

うつ病の友だちは
うつ病のせいでますますうつ病になる
うつ病になったわけを知らないから

うつ病の友だちは
さちこってゆうんだほんとはね
だけど私はうつ病の友だちと呼んでいる

2013年10月15日火曜日

飛び降りる


飛び降りる
空から
空であった場所から
四角く光る場所を目がけて

飛び降りる
今いる場所から
空であった場所から
四角く光る場所を目がけて

飛び降りる
飛び降りると書き付けた「今」から
今いた場所から
空であった場所から
四角く光る場所を目がけて

一人で 飛び降りる
一人ではないと錯覚した「時」から
飛び降りると書き付けた「今」から
今いた場所から
空であった場所から

飛び降りる
一人で
まだない空白へ
空白という空へ
誰もまだいない
いったことのないなつかしい場所へ
一人ではないと錯覚した「時」から
飛び降りると書き付けた「今」から
今いた場所から
空であった場所から
四角く光る場所を目がけて
いつか空になるその場所へ

2013年10月14日月曜日

ここは誰の庭?

ここは誰の庭?

迷い込んでごめんなさい

でもいま

私はひとり

この庭を楽しんでいる

庭は私のために揺れて

歌って

包んでくれる

芝生に足を投げ出して

花の香りを深呼吸する

やがて日が暮れて

月の光が庭を照らし

泉が囁き続けている

遠くから声が聞こえてくるが

本当なのかわからない

ここは誰の庭?

迷い込んだまま

私はずっとここにいる

不思議なことに

人影はいつまでたっても見かけることがない

自分の影さえまぶたの淵まで探してみても

見つけることができない

2013年10月13日日曜日


無数ってありますか
無数ってどのくらい?
無数の…っていうとき
そこに無数はありますか
たくさんの より多いのでしょうね
いっぱいの よりもっといっぱいなのでしょうね

無数の
たくさんの
いっぱいの

全部合わせても足りないほどの…

…そのあとに入る単語は
無?
無限や永遠が
眺めている 無?

無と一はどちらが多いですか
一ってどのくらい?
全部と同じくらいですか
全部より少ないですか

2013年10月12日土曜日

人である人

橋から橋をわたり
島から島をわたる

人は道をゆき
鳥は空をゆき
魚は海をゆく

人は服をまとい
月はつきまとい
星は欲しがっている

欲は干上がっている
陽はまたのぼり
またはまた閉じられる

ランプの灯はすぐに消え
シマシマの服を囚人がまとい
月々のものをパパが運ぶ

山また山を越え
谷また谷を下り
島から島を巡る

人であれば
あられもない
ヒトガタ
である人

2013年10月11日金曜日

残り火がどこかで

自分では悪口いうくせに
ひとに言われるとすぐおこる
なにもないふるさとのまちに
きんいろの秋の日差しが降り注いでいます

いつかはなかえようとした約束も
私をかばってくれた優しい友だちも
もうどこかにいってしまいました
金木犀の香りが今年も
時のしおりを挟み入れてきます

私はどうやって生きて行けばいいのでしょうか
考える必要がなくなりました
西の屋根に日が沈んで
残り火がどこかでちろちろと燃えています

2013年10月10日木曜日

グレーのスーツを着た女


心だけもたれて
立っている
自分にもたれて
立っている

木のようだ
風に葉っぱがゆれる
繊毛が光を指揮している

片膝を曲げて
唇をきゅっと締めて
息を凝らしている
自分では気づかずに
いつからかも気づかずに

心だけもたれて
立っている
自分にもたれて
立っている





2013年10月9日水曜日

家族が消えさらない部屋


遠くに海鳴りの聴こえる部屋
夕日が楽しげにやってくる部屋
家族が消えてしまった部屋

いるのは私だけ
でも私はいないも同じ
息を潜めて
笑いあったあの時の写真を
くり返し引きちぎる

いるのは私だけ
でも
いつでもいなくなるのも私
でも
いるのは私だけ

あるのは愛だけ
聞き飽きた陳腐なアイで包まれているアイだけ
包んでいるのもアイだけ

遠くに海鳴りが消えていく部屋
夕日が楽しげに帰っていく部屋
家族が消えさらない部屋 部屋





2013年10月8日火曜日

先生はあいさつをしましたか


先生は
別れるとき
私に
あいさつをしましたか
死んでいったとき
私に
あいさつをしましたか

先生は
誰に
あいさつをしましたか

私たちが
見ていないところで
だれに
初めまして と
さよなら のあいさつを

キスと
抱擁を

しましたか


2013年10月7日月曜日

不幸どころか


ジャムを塗ったところが
坂道に変わってゆく
そのとき
パンは海に
パンの耳は屋根の内側になる

白かった小麦粉は
海の青色に変わり
もう海になっている

ジャムを塗ったパンは
もう消え去ろうとしている
記憶の片隅に片足を残しているだけだ

エアコンから吹いてくる風は
むせぶほどの潮の香り
ラジオから聴こえてくる音楽は
海鳥の鳴き声となる

私は消え
私のいた空間は
景色で満たされて
不幸どころか
幸せさえ感じない









2013年10月6日日曜日

3人の女性



3人の女性が
橋の上に立っている
こんもりとした常緑樹の緑が向こうから見守っている
そこに水が流れているのか
私の立つ場所からは見ることができない

3人の女性は
橋の上から橋の向こうを見ている
見ながら何かをひそひそと話している
楽しい話ではないだろう
誰かがどうにかなってしまった話だろうか
川の流れを見ながら
この世に生きる辛さを嘆いているのだろうか

3人の女性は
若い娘と友人とその母だろうか
それとも娘と母と老婆だろうか
後ろ姿しか見えないので判別することができない
いつからそこに立っているのだろう
背の低い古びた街並はどんよりと暮れはじめ
橋の上を行き交う人も
やがて夕闇に呑まれるだろう

3人の女性は
その橋の上でかつて見知らぬ男が発狂して
おおきな荷物を川に投げ入れたことを
憶えているだろう
それはこんな季節のこんな時間帯だった

3人の女性は
疑いをもちはじめている
ひょっとしたら存在するのは自分だけで
あとの2人は誰かの幻想なのではないかと
私たちは外からはただ1人にしか
見えないのではないのかと
そして
やがて見ている私のことに気づく
私はこの場を立ち去らなければならない
私は立ち入ってはいけないのだ
3人のいる世界に入ってはいけないのだ

だが3人の女性は
私に近づいてくる
その躯だけを置き去りにして
あの橋の上の欄干から手を離して
私の中に
入ってきた





Girls on the bridge,1901 Edvard Munch

2013年10月5日土曜日

危ないので注意が必要(注意喚起)

5階建ての建物であるが
1階から5階まで全部吹き抜けになっている
吹き抜けの空間にジャンプ台のようにせり出しているのは畳
その畳は床板にガムテープで固定されている
誤って畳の吹き抜け側まで歩を進めると畳は撓(しな)り
ほぼすべての人は落下してしまう
(そのような人を何人も見てきた)

階段は数カ所にあるが
メインの階段は木の椅子を積み重ねて造ってある
この階段の中には
ソファがいくつか交じっていて
また固定が良くないものがあるので
不安定であるため
やはりたまに落下する人がいる

2013年10月4日金曜日

喋っているときには

喋っているときには
聞こえなかった
彼の沈黙が
語り始めた

彼は
夜の雨の向こうで
一方的に
問いを投げかけている

私は答え合わせをしたくて
喋ってみたくなる

時折
雨は降る強さを変え
二人の間に
ざわめきのベールを引く



iPhoneから送信

2013年10月3日木曜日

思い出の宝箱を開けるだけでも

思い出の宝箱を開けるだけでも
あなたと豊かな時間を過ごせるけれど
きょうは新しい場所に行きましょう
箱には入りきらないほどの思い出をまたつくろう



栞が挟んであったページに書かれていた
あなたのこと
ありふれた描写の暗号を解読するには
時間の鍵が必要だと
あの時気づいたのだった
書いた自分にも分からなかったその謎が
ぼんやり立ち現れそうになるが
怖くて表紙をパタリと閉じた

2013年10月2日水曜日

小さなお城

小さな自分のお城を造る
造って門を閉める

小さな自分が住む
小さなお城

ややこしい決まりをいっぱい作り
自らやぶる

好きな人ばかりを招き入れ
世辞を言わせて楽しむ

小さなお城は
古びていって

夕日に染まるお城は燃えはじめ
朝日を背にした姿は炭を隠し

落城の日は
落ち延びようか切腹しようか

それとも別の城に逃げ込もうか
迷っている

2013年10月1日火曜日

夜風の小径の垣根

夜風 夜風
よるのかぜ
お前はたぶん
ただひとりの
友だちだ

小径 小径
頼りない細道
私を抱きしめてくれる
その草の香りの
ふところ

垣根 垣根
昔からある垣根
浮いた言葉はじいて
透き通った
光を映すのか

2013年9月30日月曜日

世界の混沌

核分裂が起こり始めたんでしょう
警報の種類が変わったわ

灰色の雲の垂れ込める海岸は
湾を挟んで対岸にある

アシスタントのミモトが
無表情にそう漏らした瞬間
私は行かなければという衝動に駆られたが
危ない状況に武者震いした

脳裏にあったのは
前回見た核爆発だった

理科の実験室で
水素を作る実験をなぜやらされたのか
今になって分かった気がしたのだった

夕刻へと向かう空模様
未来へと向かっているのか判然としない心模様

自転車で30分
ここからあの海岸までの距離だ
途中には遺跡があり
貝塚も保存されている

百代前の家族は
味噌汁の鍋をかき混ぜながら
獲れたての魚をチンしていただろうか

霞む山の上空で
仙人は見下ろしているだろうか
世間と世界の混沌が
混ざり合う様子を

2013年9月29日日曜日

古びた建物

古びた建物の喫茶店の白い壁に
ぶどうを描いた画が掛けられている

たわわに実った一房のぶどうと
青々とした葉
それに枯れかけて色づいた数枚の葉だ

建物も画も古びているが
その周りでうごめいているのは
いまを生きている人間だ

仲良しカップルは見つめあって話をしている
店員さんは段取りに忙しい

画を描いた人は
どこかで生きているのだろうか

私は画家がぶどうに向かう姿を想像する
画家が画を仕上げて行くときの気持ちを想像する

古びた建物の中で
古びていきながら

2013年9月28日土曜日

もうゆるしてあげても



もうゆるしてあげても
いいのではないか
ゆるしてくれない
あのひとのこと


もうわすれてしまっても
いいのではないか
わすれられないものが
おいてあるあのばしょ


もうかえっていっても
いいのではないか
まつひともない
まちぼうけのこころ

2013年9月27日金曜日

ひねってあるのは

こちらの朝はひねってない
五重塔
ピサの斜塔は
かしげてない

七重塔はすこしひねってある

かしげているのはむしろ
店員さんの笑顔を乗せた首
巻いてあるのは
ゼンマイの時間

2013年9月26日木曜日

8歩目

貯金箱のお金を出して電車に乗って
優雅に暮らすあの人に会いに行った
あの人は僕より高いお茶を飲み
当然の如くお金を払わず扉を開けて外に先に出ていった
百円玉を積み重ねて代金を払い
7歩歩いてさよならを言った

2013年9月25日水曜日

それは世間のことなんだ

それは世間のことなんだ
そこを世間というのです
海辺にできた山脈も
蒼くて高い秋空も
それを世間というのです

そこで生きてる私たち
生かされているきみとぼく
幾星霜の星月夜
かんらからから切なさと
ともに生きてる私たち

君は世間の申し子さ
世間は宇宙とねんごろさ
すすきも螢も王様も
世間の風に吹かれてく
僕も世間の申し子さ

2013年9月24日火曜日

まさかのさかな


まさかさかさまのさかなのなかまはかかさまのさかなかな

かさをささないさかなかな
かさなくなくなくかさかさないさかなかな
さかにさかさにさかんにかしずくかのさかなかな

まさかさかさまのさかなのなかまはととさまのさかなかな

かさをささないさかなかな
かさなくなくなくかさかさないさかなかな
さかにさかさにさかんにかしずくかのさかなかな

2013年9月23日月曜日

聞かせてよ

お母さん 私が子どもだったころの話を
聞かせてよ
意味のないことでいいから
うれしいと思ったことばかりを
聞かせてよ

お父さん あなたがしたかったことを
聞かせてよ
不甲斐ない私を叱ってくれてもいいから
私に して欲しかったことも
聞かせてよ

初秋の街が密かにざわめいている
私たちのことを
見ない振りして
見ているから

2013年9月22日日曜日

おいしくないメロンパン

あの
おいしくないパン屋の
おいしくないパンをたべながら
お茶を飲みたいと思い
恋人と別れてきた

その
おいしくないパン屋の
おいしくないメロンパンを食べながら
うまくいかなかったことが
思い出され
おいしくないメロンパンとともに
反芻され
癒されていくだろう

おいしくないパン屋は
客も少なく
ゆったりと座って
いつまでもいることができたから
おいしくないパン屋は
いつまでもそこにある

おいしくないパン屋の
人気メニューは
おいしくないメロンパン

あの
メロンの香りはしない
おいしくないメロンパンの
やさしさ

2013年9月21日土曜日

言葉は


言葉は 人間が決めた決まりがあって
とても不自由だから
波や風や
鳥の羽ばたきの音で話します

きょうが
いいいちにちでありますように と
あなたが
幸せを感じられることがありますように と

2013年9月20日金曜日

泣いている私たち

目の高さを合わせて
見つめあったら恥ずかしい
笑っちゃう
高さを合わせただけなのに

それとも
あなたが
普段とちがうこと
思っているの?

そう
私も
あなたと同じ
普段とちがう
特別なことを
思ってる

他人から見れば
他愛ないこと

そう
私たちから見ても
他愛ないほど
あたりまえで
特別なこと
でも一番大事なこと

力が入ってしまって
おかしいね

笑ったけれど
変だな
泣いている
私たち

2013年9月19日木曜日

私に何ができるのか

私に何ができるのか
私には分からないことを
あの人は知っている

だが
私はあの人のことは
何も知らない
あの人が
私のことを
知っていること以外
私は何も知らない

あの人は誰?
あの人に訊いても
教えてくれない

水銀灯が
閃いて消えた
あの人も
影を残して
消えてしまった

2013年9月18日水曜日

デュラスの声


会ったことはないが
デュラスの声なら聴いたことがある

波打ち際に立ち
心を躍らせることも
感傷に浸ることもせず
波や
遠くを往き来するさまざまな舟や 飛び交う鳥を
見るともなく見ている

昼間の月が空に
特別扱いで
太陽の光を反射して
舟のように浮かんでいる

初秋の海
私は
特別扱いしてもらえるだろうか

人には様々な生き方があるが
いつもそのことを忘れてしまう
砂浜から滑やかな膚をもつ小石を拾い
指の腹で撫でてみる

波は
微動だにせず
打ち寄せてくる
靴を濡らして
私の中まで濡らして

2013年9月17日火曜日

ぶら下がり健康器


ぶら下がり健康器
というネーミングはどうかと思う
多機能のものが人気で
彼女はそれを買い
気が向くたびにぶら下がり
また背当て板を斜めに付け替えて
筋力トレーニングやストレッチもした
彼女には夢があったから

滑車には緑色の紐
(明るい色だ)
紐には持ち手が付いていて
交互に引き合うエクササイズもできる

人は邪魔な器具だと言うけれど
彼女はここに引っ越してきたとき
真っ先に購入したのだ

薄暗くなった部屋で
香を焚き
小さい暗い明かりを灯して
彼女はぶら下がった

ぶら下がり健康器
というネーミングはどうかと思う
そこに
彼女がぶら下がるのは
お似合いだ という人がいるなら
それは酷な話だと思う


*私はぶら下がり健康器が好きだ。今使っているタイプはガタガタいうが、衝撃を逃がしていることが分かる。そうして自らは安定しているのだろう。
*何度も「首吊り』の夢を見てきた。このブログを始めた3年前は毎日のように見ていて、見ないと「何かが足りない」と思うほどだった。最近はたまに夢のなかで首を吊る。それはなぜなのか。考えたこともあったが、あまりに回数が多かったので、ただうんざりしている。
*中学生の頃、自殺することを良く考えていた。自殺したかった訳ではないとおもう。生きるに値する人生、というものに自信がなかったのだろう。しかしそれは不遜なことだ。そんな不遜なことを、命を預かる私はなぜ考えたのだろう、と、今なら思うだろうが、でも大して自信はない。