2012年11月10日土曜日

11日111月


11

どこかから賛美歌が風に乗って

大きな池のある公園を通り過ぎ

駅前の鳩のいるベンチの前の小さな広場に

聴こえてきたような気がしたその日


その穏やかな日の午後2

そのひとは黄色いラインの電車に乗って

心の闇を見せに行く


白く入り組んだ瀟洒な建物の

まあるい噴水の音が聞こえそうな

植え込みの向こうの窓に

ちらりとそのひとの姿を見ることができる


午後3

何人かと面談をして

会釈を繰り返しているうちに

心の目はおでこからはみ出して

でんでん虫のツノのように頭上に突き出していた


買ったばかりの白いスマートフォンで

電話をしなくては

私がここにいることを確かめなくては


そうして

白い糸にがんじがらめに巻かれた自分の様子を

デジタルカメラで撮影して

タイムラインに上げなくては


日暮れのオレンジ色の太陽が

ビルの向こうに落ちる前に

闇を消毒して

目を閉じてもなにも踏んでしまわないように

下の方を片付けよう


手を揉んで

リズムを掴む

心臓の鼓動と呼吸と瞬きと

言葉の早さを合わせるのだ

6 件のコメント:

  1. 真空の世界では、オレンジ色がきれいです。
    澄んだ歌声と、心臓の音が、調和して耳に届きます。
    言葉を発しているのか、のみこんでいるのか。
    日が沈むのか、昇るのか。
    でんでん虫のつのの先の心の目は潤んで、
    何をツイートするのかわかりません。
    小鳥が木の実を食べているかもわかりません。

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    1. Yoさん、ありがとうございます。私も「Yo」とサインすることがたまにあるんですよ。素敵なコメントを詩で書いてくださり、うれしいです。

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  2. 中村ゆき子2012年11月12日 0:03

    昨日からこの詩に悪戦苦闘(TT)
    タイトルの11日111月 が何でなんだ?と頭から離れない・・・マツザキさんの詩を読ませていただいて直感力を日々鍛えさせてもらってますが、ホント詩がむつかしい!(>_<)情景は想像できても、伝えたいコメントが伝えられないときどうすればいいのでしょう?

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    1. 中村ゆき子さん、いつもありがとうございます。あなたのような読者に恵まれ、とても幸せです。
      いつも中村さんのコメントは、私が持っていない答えを提示してくれて、あらためて、自分が答えを持っていないことに気付かされます。そのとき、いつも「タジタジ」になります。(もちろん、ありがたいし、とても詩を書く参考になるのです)
      先日もある人に、提示するばかり、投げかけるばかりで答えを持っていないのは人を傷つける、と言われ、深く落ち込んだことがあります。ぎゃくに言えば「今更おちんでるのか」とツッコミを入れたくなります。
      自分自身でさえそうなのですから。この詩も、明確な答えを持っていないところが、中村さんを悩ませてしまっているようで、なんだか「申し訳なく」なります。
      ついでに言うと、私は「謝ってばかり」いるようです。
      自分でも抜け出したいのですが。
      と、いうことで、きょうも答えがないままに、このお返事を終わりにしてしまうしかないようです。
      「伝えたいコメントが伝えられないとき、どうすればいいか」。うーん、Yoさんみたいに、詩を書いて伝えるのもひとつの方法ですね。もちろん、「伝えられない」と訴えるのも、立派な感想だと思います。

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    2. 中村ゆき子2012年11月12日 1:36

      お返事ありがとー♪ございます。
      毎日日記のように書いていかれると知り、私も一言二言のべさせてもらおうと毎日訪問させてもらっています。一回目に読んで感じたことと10回目に読んで感じたことが真逆であったりよくします。最初はストレートに直感で感じ、読み深めるうちに作者はこれが言いたいのだろうか?こう思っているのだろうか?と作者の腹を探ってしまって(笑)自分の言葉が出てこなくなってしまいます。詩とは面白いですね。作者さんもですが、自分も暴露してしまいます。七夕の笹の様に、思考の短冊がどんどん増えていくようです。
      毎日とても楽しみです。でも、マツザキさんの詩は一筋縄ではいかないです。(^o^;)

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    3. おっしゃるとおりですね。自分でも一筋縄では生きません。でも、わかりやすい詩を書きたいと願っているんですよ。
      これからも、どうぞよろしくお願いします。

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