夏の日の陽炎の彼方に
立っている人がいる
黒い人影だ
一人
いや二人
いや一人や二人ではない
何十人 何百人
いや
いつのまにかそれはひとつの群れをなして
何千人
数えきれない群衆
こちらに歩いて来る
見つけなければよかった
錯覚だろうか
錯覚であってほしい
暑さのせいで 私は
オカシクなってしまったのだ
群衆はどよめいて左右に揺れながら
乾いた土を大きく舞い上げている
土?
そんなものあっただろうか
舗装された道の脇にはビルや家が建ち並んでいる
顔が見えない
姿を見ることができない
群衆の中からたまに
人影が立ち上がるだけだ
唸り声とも叫び声とも
経を読む声ともつかぬ音が
車輪や足音に混じって聴こえて来る
女の子が壊れかけた人形の片腕を
無造作に握り
ぶらぶら振りながら群衆の影の中に沈んだ
あれは私が知っている少女だろうか
まだ太陽は高いのに
背後から夕日が射して
長い影が揺れ始めた
何のために
向かってくるのか
問いかけることはできない
心の中で叫び訊いてみるが
おかまいなしだ
時間は普通に流れているのだろうか
道ばたの草花が
風に抗って揺れているのが分かる
群衆は近づいてきているはずなのに
いつまでたっても影のままだ
もう長い時間が経ったようでもあるが
まだ一瞬が過ぎただけのようにも思える
私の日常生活はたしかに私の周りに存在している
鳩が背後で戯(おど)けたように鳴く
私は鳩は嫌いだ
私はこの出来事を誰かに話すのだろうか
それとも
すぐに忘れてしまうのだろうか
意味が分からない出来事
過ぎ去る訳でも
遠ざかる訳でも
襲ってくる訳でもないこのできごと
その渦中にいて
友人たちは
何かに熱中しているのだろうか
私の一大事は
何事もない一コマのように
永遠に解決しないでいるというのに
得体の知れない不気味な生きた屍がせまってくる。
返信削除それは過去の潜在意識とそれを拭おうとする顕在意識から掻き立てられる不安。
きっと頭のなかで起こっている出来事にピリオドはないでしょう。