右から左に夜景を受け流す
光る銃弾が無数に流れている
それは資本主義によって
美化されている
銃弾をかいくぐって人々は
営みを続けている
時に身を低くかがめて
聞き耳を立てている
ある家では
香りのいい葉が焚かれ
男の太く黒い枝が
女のか細く白い枝に
しなだれかかり
キュウキュウと音を立てながら
交わろうとしているが
もともと無理な行為であることを無視しているので
弾けて別の割れ目と裂け目が
樹液で一瞬固定されるのが
せいぜいいいところであり
だが
その刹那の音色にほだされ
毎夜交わろうとする
男と女は
そのことに関しては
疲れ知らずだ
やはり
夜景を受け流しながら
予定表にない行為を
始めるのだ
右から左へと
やり過ごされた風景は
いまはもう
上から下へと
受け流されている
それは民主主義によって
堕落へと
向かわされているかのようだ
右から左、上から下へ受け流すといえば、
返信削除まず、ムーディ勝山さんが思い浮かびますが、
何となく、oblaatのポエグラムも連想できます。
ムーディ勝山はとても詩的な存在だったと思います。
返信削除受け流すことが選ぶこと、そんな生き方をしている気がします。それを面白おかしく揶揄するのは、まさしく詩の役割!
資本主義も民主主義も、肩書きも脚本も、綺麗事じゃないのが一番きれい。
返信削除言葉と心から飾りを外して
右から左、上から下、流れに逆らわないのが本能で
堕落じゃないよ。