2013年9月16日月曜日

牡蠣を食べに


アイドルの車に載って
牡蠣を食べに
港町を幾つも縫って走っていく

私はふだん都会で仕事をして生活しているから
アイドルの車に載って
牡蠣を食べに
港町を幾つも縫って走っていくことは
特別なことだ

アイドルは
自分が歌ってヒットしたあの歌を
歌ってくれる
伴奏なしで聴いたのは初めてだ

この歌をアイドルのナマの口から聴くことができるとは
まだ生きていて本当に良かった
アイドルは
みごとなハンドルさばきで
車を道の駅の駐車場へ入れた

エンジンを切って外に出ると
潮風とともに
波の音も聞こえてきたような気がしたが
それは錯覚だった

アイドルは
お手洗いに行き
私はアイドルの歌を口ずさんで
手すりにもたれて展望デッキから海を眺めて
目を細めて
何度となくテレビや映画で見たあの表情を作って
悦に入ろうとしたが
それはできなかった

アイドルは昨日の夜
私の部屋にやって来て
私のパンツの色を褒めて
体を揺らして
よろこびを表現した
そしてすぐに白いワンピを
ソファの上に放り投げた

白い鳥が
私の上を飛んで
風に引き戻されて方向を変えた

気づくと
アイドルは私の手を
後ろから握って
いい香りの髪の毛を私の首筋にあててきた

アイドルは
仕事に戻らなくては行けない
私はそんな無粋なことを思った

牡蠣が待っている
牡蠣が頭から遠ざかっていく
牡蠣を食べたら
殻を残して
部屋に帰るのだ

部屋には
私が収まるべき空間がある
アイドルは
私の手をとって
車へと向かう

私は
アイドルの車に載って
牡蠣を食べに
港町を幾つも縫って走っていくのだ




*昨日の物語風の一筆書きの詩の評判が良かったので、それに気を良くしてきょうも書きました。
*おもしろいのかどうか、わかりません。

2013年9月15日日曜日

ぼろぼろのズボン


ぼろぼろになったズボンを
捨てることができない
自分を捨ててしまうようで

自分はこんなに
ぼろぼろではないけれど
ズボンを捨ててしまったら
こんどは
自分がぼろぼろになる

いままで生きてきて
ぼくはズボンを捨てたことはなかった
ズボンは
いつのまにか
新しいズボンをはいて
ぼくの前に立っていた

ぼくは
いつも
ぼろぼろになるまえのズボンをはいて
外に出かけていった

また
ズボンはいつも
ぼくの帰りを待っていた
自分の場所に折り目正しく腰を下ろして

そして
いつの日からか
ズボンはぼくを
ぼくはズボンを
ふだん
気に留めなくなった

そんなとき
ズボンはスカートに恋をして
ぼくも
そのスカートの女の子に恋をした

僕たちはよく
駅や街灯のベンチに腰掛けて
話をした
家に帰ると
ぼくはすぐに
ズボンを脱いだ

ズボンが邪魔だったから
一人暮らしを始めたぼくは
スカートの女の子がスカートをふわりと脱いで
やさしく畳んでおくのがすきだった

そんな時も
ぼくはズボンを勢いよく脱ぎ捨てた

そして
ある日
ズボンは
ぼろぼろになっていた

ぼくは
一人の部屋で
ズボンを見た
ズボンは
思い出を刻んでいた
ぼくと一緒に
あのスカートの女の子と
写真に写っていた

日差しを浴びて
きっと徐々に色あせて
ほつれていった

ぼろぼろのズボン
ぼくは
捨てない
捨てることができない
何度目覚めても
新しくなっていないズボンと
ぼくはいつ
さよならすべきなのだろう

2013年9月14日土曜日

いかすすいか


すましがおて
いすにおわすが
わすれものは
ないですか

あいすいません
すいかと
すいかと
すいかを
わすれもうした

いかがいたしますか
かいすうけんで
とりにいかれては
いかれた
いかがわしいすいかは
かえしましたし
とりにいかせる
かいがいしいしもべもいませんし
かいすうけんを
さあ

すいません
とりにいかせていただきまして
かえりましたら
すいかと
いかすすいかを
おわたしに
さんじょういたします
はい


*スイカ JR東日本が発売し、今はほぼ全国で使える交通系のプリペイドカード
*西瓜 夏が旬の大きな実の果物。泥棒する者がいる。
*酸イカ 酢漬けのイカ。酢漬けイカという呼び名も。

参考作品

詩 未 来 創 作: 酢飯が、バコーン

2013年9月13日金曜日

歩き出したとき


道に小石とつぶれた空き缶が落ちている
空き缶と小石は仲間だ
そこに夕暮れの薄闇がやって来て
遠くで街灯が点いた

塀がある場所を
たまにひとがゆき過ぎる
塀の中で育っているキンモクセイの木が
花をつけて
その香りを放ち始める

電車の駅に
鈴虫がかくれて鳴きだした

頬にあたる風が
間もなくぬくもりを恋しがるようになるだろう

初めて好きなひとの手を握ると
すこししっとりとしていて青い香りがして
それはとうもろこしをもいだ時の感触と似ていた

それはまた
雷雨が過ぎたあとの
家の前の道を歩き出したときのようだった

2013年9月12日木曜日

嫌な人

自分を守る人。とにかく自分を守る人。自分がかわいい。自分だけ良ければいい。自分が守られれば、おこぼれを分け与えてあげよう。
手柄は全部自分。他人の持ちものにも手を延ばす。都合の悪いことは聞いていないことに。そのうち本当に聴こえなくなり、見えなくなり。
あっさり他人を犠牲にして、嘘はつき放題。たまにお涙頂戴トークを滔々と述べその陰に身を隠す。
そうなった理由は用意してある。言い訳は自分のため。自分で自分をいい人だと思うため。そしていつもいつでも自分はいいひとだ。ほれぼれする。かっこいい。ありがとう。

2013年9月11日水曜日

紙に

イラスト 一之瀬仁美




ある朝
机の上に
1枚の紙が置いてあった

どこからやって来たのだろう

その不思議な紙に
ぼくは生まれて初めて
一篇の詩を書いた

それから
どれだけの紙に
詩を書いてきただろう

パソコンを消して
紙に向かう




隙間があったら入りたい

隙間があったら入りたい
割れ目でもいい
裂け目でも構わない
私がそこに入ることで
願わくば
地球を少しでも平らにしたいのだ
平らな
すべやかな地表を
靴底で撫でて走らせたいのだ

裂け目を持ったあなたを
自らの裂け目を
磁石に使って
走るより速く
走らせたいのだ

私は身じろぎもせず
それに見入り
それが私の企てだと
いつかあなたに
打ち明けたいのだ

2013年9月10日火曜日

私はただ



初めて会ったとき
あなたは「さよなら」と言った

そして別れるときに
「よろしくね」と手を差し出した

私はただあなたのくちびるを見て
手を握った

2013年9月9日月曜日

秋の日が来なければいい


秋の日が来なければいい
冬の日も春の日も夏の日も来なければいい
何も来なければいい
ただあなたさえここに来てくれれば

2013年9月8日日曜日

私は道を歩いている


私は道を歩いているつもりでいるが
すでに体はどこかに置き去りになり
観念だけが道を進んでいる

私の観念は道を進んでいるが
道は堂々巡りに繋がっていて
私はいつの間にか後戻りしている

私の観念は堂々巡りで歩いているが
観念はいくつかに分裂していってしまい
私は複数形になっていてどの私が思っているか
分からない

2013年9月7日土曜日

私はいまから命を奪われるところだ

私はいまから命を奪われるところだ
いつものように道を歩いているが
まもなく(どんな方法かは知る由もないが)私の命は奪われる

なぜ奪われるかもはっきりしないが
ただ
ぼんやり生きてきたことへの報いなのだろうと合点がいっている

答えを出さないで生きていくと
この世間では上手く生きて行くことはできない
世間はいつでも答えを求めてくるから

世間と懇ろにやった風がなければ
抹殺されることも覚悟しなければならない

ゆえに
世間は私たちの先生であり
生きて行く場所だ

さて
多くの人の心に
詩はどこからもやって来ない
待ち構えている人の心を通過して
打ちひしがれた人の足元にポトンと落ちる
あるいはうらぶれた部屋の隅に一輪の花として差さてれいる

ため息が起こす風でも
言葉の葉は湿り
微かな揺れを伝える

2013年9月6日金曜日

教えてくれた

バスに乗って走っています
走っているバスの中にいます

夕日がバスに差し込んで来ます
バスの窓から夕日の光が入って来て私はそれを見ます

バスには何人かの乗客がいますが
私の他に夕日の光を見ている人はいるのでしょうか

夕日の光は見えていて見えていないことがあります
見えていることの方が少ないと私は思います

そこに昔見た夕日の光が混じり
その眩しい光のなかに
私の好きな人が私の好きな表情と格好でたっています

私は話しかけたいと思いましたが
バスが強烈にガタガタとゆれ
何人かの乗客も不覚にも一緒に飛び跳ねています
そんな状況のせいか
夕日の光のなかにいる私ねか好きな人も
ただ周りが少しでも静かになり
私が声をかけられる時がくるのを待っていてくれています

いや
待っていてくれているというのは
私が想像しただけのことです
このバスには衝撃を吸収する効果的な部品が入っていないようです

ばすは円明園にさしかかりました
三年前の12月に一人でやって来て
凍った池と西洋建築の遺跡を見歩きました

9月初旬の天気は穏やかで涼しく
冬支度をする余裕を与えてくれます
夕日は惜しみなくまだ車内に光をいれてきます
惜しみなくやっていきたいものだ
大きな声でしゃべりなさいと
あの詩人は教えてくれた

2013年9月5日木曜日

それは問題ではありません

まず鉛筆で下書きします
定規をあててまっすぐ書きます
息を止めて書きます
それからなぞって書きましょう

うまくかけましたか
あなたがなぞった
あなたのもの

誰かがお手本にして
書くでしょうか
書かないでしょうか

いまは誰にも分かりません
あなたにもたぶん
分からないでしょう

それは問題ではありません
それは問題ではありません

2013年9月4日水曜日

祭りの思い

祭りが西の方からやってくる
夕日が沈むまちからまちを
笛を吹きながら
渡り歩いているのだ
決まってだれかが太鼓を
たたきはじめる
するちう踊り歌う者たちも現れる
中には愛を交歓し始める者も

露店がたち
人々が群がり始めた頃
祭りはご満悦
瞼の裏に懐かしい子どもの頃の思い出を映し出す
そうして楽しい夜を過ごしていつの間にか眠ると
翌朝は早起きしてもう立ち去ってしまうのだ

祭りが去ったあと
祭りは立ち去ったまちのことを
しばし忘れている
しかしだれかが祭りに思い出話をすれば
祭りはその都度思い出す

悲しいことが何処かに隠れていたことも
その時始めて意識して

2013年9月3日火曜日

ぬるい風が

ぬるい風がふいてきて
ぬるい風が回ってる
ぬるい風情のこの私
ぬるい言葉をはいている

北京にて

後ろでは詩人がインタビューを受けています

2013年9月2日月曜日

主観の代名詞のような

主観の代名詞のような詩がある
そのような詩は
一つの語句としては長すぎるし
中身がないのに重たすぎる

主観の代名詞のように生きたいと
願う私は
世間にいるために
なにが必要であるのかを
知りたいと願うが
知られる訳がない

客観の主語が
攻め入り私を追いやったとき
それでも私は
敵陣に時折顔を出す

2013年9月1日日曜日

いいことばかり

いいことをかんがえる
いいひとになりたいから
いいおもいをしつづけたいから
わるいことはすぐにわすれて
わるあがきはせず
いつもいいことをさがしている

いいことだらけでいたいから
いいことづくめになるように
つごうのいいひとをわたりあるいて
わるいことはさけつづけ
わるものたいじはひとにまかせて
いいひとほめてほめかえされる

いいとはなんていいのだろう
いいよのなかにいきてゆく
いいわたくしはいいますとも
いいよりいいことありません

2013年8月31日土曜日

あるく

あるく
みちを
ろうかを
かいだんを
エレベーターを

えきを
ひこうじょうを
スーパーを
がっこうを
じぶんのへやのカーペットのうえを

のはらを
すなはまを
おかのさかみちを
びょういんへむかうせまいほどうを

ねこのうしろから
むかいがわのひとときょうそうしながら
ながいかみのひとのシャンプーのかおりのあとについて
あらまるためのささやかなおくりものをかかえて

あるく
おいかけてくるつきをよこめに
もれてくるラジオのおとをみみにして
ふるいことをいきなりおもいだしたりしながら

あるく
ふつうのきもちで
さびしいときも
わるいしらせをまだしらないときも
なにかのよかんがとぎれてしまったときも

ふだんどおりに
わざとほほえみながら
てをふってあしをあげて
くじけそうになっても
くじけなくても

あるく
いこくのまちを
だれかといっしょに
だれかがいっしょでなくても
きょうも
あるいている
いま
たちどまって
また
あるきだした

2013年8月30日金曜日

三流の私

超一流の
第一線で活躍しているひとの
そばにいても
自分が三流であれば
華やかな世界に足を踏み入れていても
三流であることが際だつだけ

綺麗なひととつきあっても
自分が醜ければ
鏡に映る姿に
写真のなかの自分の姿に
ぞっとするだけ

何を夢見ても
たとえその夢がかなっても
かなった夢が失われたら
夢を叶えているひとと仲良くしていても
自分の部屋のありさまをみて
さめざめと
肝を冷やすだけ

そこに救いはないけれど
救いがないことが唯一の救いか
そこから抜け出したい
か細い思いが
唯一自分をあたため
凍りつくのを防いでいるだけ

2013年8月29日木曜日

きょうで3年目が終了しました。4年目にはいります。



3年前の次の日。2010年8月30日。それまで世間との関わりを最小限にして生活してきたが、また、詩を書いて世間と繋がることにした。世間のうちの半分は自分という得体の知れない身近なやっかいものだ。
世間と繋がっていいものか。幾人かの知り合いは「名前を出さないほうがいい」と言った。また幾人かの知り合いは「気にせずどんどんやるべきだ」と言った。当時はそういうことさえ、難しい、重要な問題に思えた。
公開で、フィクションの詩日記を書くだけ。そういう「言い訳」を用意して、書きはじめた。なんて小さな、つまらない自分。読者は知り合い数人だった。

2013年8月29日。きょうでまるまる3年間続けたことになる。この3年間で、ずいぶん変化したこともあるし、変わらなかったこともある。過去の自分に戻ったこともある。一生懸命やったが、うまくいかなかったり、へこたれたり、ひねくれてひきこもったりした。丸3年なんて、とるに足らない価値かもしれない。だが今の自分にとっては、大事な勲章だ。(勲章なんて、いいものじゃないけれど)。
2008年、自ら創業した事業の経営破綻で、多くの人を傷つけてしまって以来、そのことにどう向き合ったらいいか、なにをしたらいいのか、いつも心の底で考えてきた。堂々巡りを繰り返す中、少しずつ冷静に、ディテールがみられるようになり、いまも発見することがおおい。
そんな中、毎日書き続けていると、詩に対する思いは強くなり、強くなるにつれ、問題意識も強くなっていった。詩を特別視している自分に、つぶしのきかない、異様な「弱さ」を感じるようになった。詩と自然にふれあい、自然の一部のように詩とつきあいたい。そういう思いが気持ちを満たしていった。それは、詩ではない、人間の心と深く関わりたい、という願いであると気づいた。

いま、私が抱えている問題は、どこでどのようなものに結実していくのだろうか。この場は、小さく、見えないほどか細く、隅っこにある存在だけど、役立つのではないかと感じている。答えはいつも「いま」のなかに「問い」の形であり、いつまでたっても答えが出せない予感が寄り添っているが、見てくださっている皆様と、人として生きるすばらしさを発見していけたらと思っている。

2013年8月29日

くさぼうぼうの

くさぼうぼうの
のはらをあるく

くさをふみしめ
くさをけちらし

こんなゆうきが
あったのだ

くさをきにせず
ただただすすむ

2013年8月28日水曜日

キツツキの私


うそつきの私
キツツキがすき
傷つきやすいから
キスするなら
気をつけてね

キツツキの私
キツネと月がすき
ツキが回ってきたら
羽根つきの音で
つつきます 木

傷ついた私
傷つけたキミ
スキマをうめて
きっとうちあけてね
うそつきは禁止

2013年8月27日火曜日

薄暗い部屋で  ー稲妻ー


すりガラスごしに
見える

あれは
稲妻が
縄跳びしているんだ

こっそり
場末の路地でやっているつもりなのだろうが
体がおおきいので
地上の人間たちには
もちろん感づかれてしまっている

(いつもそうだ)

稲妻が縄跳びする時は
何かの悲しい知らせを聞いた時と決まっている
寂寞が空を覆い(時に夕闇、時に青空だが)
ひと面の舞台が出来上がる

(誰かに教えたいが
教えるべき相手がいない)

稲妻の縄跳びは
針金の閃光(せんこう)が
浮いた魂を引っ掛けようとする

引っ掛けて
つれ回しもせず黄泉の国へと
持っていくのだ

すりガラスごしに
見える稲妻は
人情と通じているが
決して馴れ合いを許さない

薄暗い部屋で
床に座って
稲妻が縄跳びしているのを
見ていると
前にこんなことがあったのだと
思い出してくる

かかとが堅い
そして皹(ひび)が入っている
稲妻は
縄跳びをやめない
許しが出ないからではない
自らを嗜(たしな)めるためにやっているのだ

いつか
まりを持った少女が
私を見上げて
何か言っていた

あのことばに
行き着く
その言葉は
くり返し
轟音にかき消され
裂かれ続けている

2013年8月26日月曜日

水たまりの泥


私は水たまりの泥
水面の向こうの空を見上げている
視界を遮り
私を飛び越えていく
あのめそめそ女の
顔は分からない
遮った闇に消えていく白い脚が
月のようなその肌触りを
私に落としていくだけ

2013年8月25日日曜日

子どもの日常


自分の狭い視界にものを押し込めて見ることを
あたりまえもように学んで
おとなになった

おとなは子どものように
ものを見ることができない

子どもも
おとなのようにものを見ることができない

だが
わがままな神さまのように
ものを見ることができる

そんなことできっこない
と おとながいう
でもやってみたい
と 子どもがいう

そんな会話をなんどくり返してきたことか

夕暮れ時
まだ帰りたくない
明日はなにして遊ぼうかな
と 子どもがいう

神さまがそれに続けていう
明日はなにして遊ぼうかな
まあ あした考えればいい
段取りなんかはおとなに任せて
家に帰ってゲームしてあそぼう

そして
流行の戦闘ゲームのボタンを押した

2013年8月24日土曜日

キュッキュッ

靴がキュッキュッとなって
近づいていくとばれちゃう

もうきみはその音をきくと
よろこんじゃう

きみに抱きつくまえに
ぼくもきみもよろこんでいるから

あとすることは
ナイショのことだけ

キュッキュッ
月も沈んだ道を
帰っていこう

2013年8月23日金曜日

サイレンがなっていた

サイレンがなっていた
サイレンは遠ざかっていった
いまは耳の奥で鳴っている
いつのまにか
なつかしい唄と混じって
唄のゆりかごとなって
若い母が揺らしている
ゆりかごの夢

2013年8月22日木曜日

コスモス


あなたと初めて会った日
誰かにあなたの名前を聞きました
夕日を背にしてさびしそうなあなたに
名前をつけて呼んだのは自分
という錯覚

2013年8月21日水曜日

想定内のウソ


作り上げたものが
使えなくなります

いいものを作ったと自慢していたのに
もう使わないほうがいいのです

みんなで作ったものでも
ひとりで作ったものでも
そのことには関係なく
使うかどうかは
限られた人が決めるのです

使うことに不都合が生じました
期限のあるモノは廃棄しなければなりません

どうぞよろしく

あなたが喜ぶ答えはありません
怒りたい気持ちは満足させることでしょう
でもそれは刹那
そして皮肉でもあります

だんだん
私が誰なのか分からなくなってきました
みんな溶けて混ざっていってしまうのでしょう
その前兆

それならばせめて
意識のあるうちに
まともな 建設的なことを言いたい
でも言えない

それも分かっています
したり顔のおとなですから

想定外というのも
もちろん想定内のウソですから

2013年8月20日火曜日

すみか

小さい声で
唄っているのですね
だんだんと
大きな声になっていって
あなたもぼくもその歌に飲み込まれてしまいましたよ

歌の世界は透明で
外の景色が綺麗に見えて
人の心を信じたくなる
魔法の部屋ですね

遠くに連なる山々
遠くで鳴っている波音
子どもを呼んでいる声
水たまりをバシャバシャする音
木が揺れて葉が擦れる音も
やさしくささやきかけてきます

あなたは歌の世界に住んでいる人
私はたまにくる客人

小さい声で
唄っていたあなたに
気づかれないようにしたいけど
つい気づいて欲しい気持ちが勝ってしまう
ごめんなさい
きょうも訪ねてきてしまって

2013年8月19日月曜日

おかげさまで90000を超えました

日本
78788
アメリカ合衆国
7253
ロシア
1678
マレーシア
399
ドイツ
249
大韓民国
134
イギリス
122
中国
48
カナダ
45
ウクライナ
41


カウントが間違っているようですが。自動集計の数字です。

真夏のチョコレート

チョコレートが私を呼んでいるのか
私がチョコレートを呼んでいるのか
どっちだと思いますか?

私はチョコレートの在りかまで
一目散に駆けていくけれど
チョコレートが私を呼んでいるのか
私がチョコレートを呼んでいるのか
どっちだと思いますか?

私はいま何度目かのダイエット中
チョコレートは真夏のセールでまとめ買い
冷蔵庫のいちばん上の棚で かちんこちん
私は食べたくて一日10回 目をまわす

チョコレートが私を呼んでいるのか
私がチョコレートを呼んでいるのか
どっちだと思いますか?

ねえあなたは
どっちだとおもいますか?

チョコレートが悪いのか
私が悪いのか

たぶんどっちも悪くない!!
絶対どっちも悪くない!!

2013年8月18日日曜日

人生は飛行機雲

人生は飛行機雲
青空を汚してやっと描かれた
一本の線
絵になりたくても
自らなることはできない
だからいつも
見上げる人の想像力に
すがるっている

人生は飛行機雲
愛する人と出会ったよろこびを
誰かの心にとどめたくて
必死に言葉を吐く
だれかが認めてくれることで
不仲になった世間とも和解して
どうにかやりくりして生きてゆけるから

地球の命をもらって
死ぬまで自分を滅ぼさずに生きてゆく
愛の力を信じたくて
永遠と寄り添う儚い夢を見ながら

2013年8月17日土曜日

宇宙の中のちっちゃな自分

宇宙の中のちっちゃな自分
心に宇宙をいれている
はみ出ているのはご愛嬌
私もおへそを出してるし

2013年8月16日金曜日

君があの暗い少年に


君があの暗い少年に思いを寄せてくれているから
私は生きてゆける

君は

薄暗がりの廊下や
曇った日に乾くことができない土の壁や
世間から理解されず狂って歩いているあいつを

安く買いたたかれて果物一つ買えない若者を
病に伏せている独り身の母の横で静かにひとり遊ぶ幼ない児を
何事でもないように
ただ
それは何事でもないように 描き続けた

君があの暗い少年に思いを寄せてくれているから
私は生きてゆける

私が生きてゆけるのは
あの
暗い少年に光が当たったから
ほんの一瞬
あの暗い少年に光が当たったから

2013年8月15日木曜日

戦争はもう始まっていた


戦争ごっこをして遊んだ夏
あの夏は遠ざかっていったが
戦争は遠ざからない

男の子たちは
きょうも
戦争をやめることができない
もう始まっていた戦争

受け継がれ
引き継がれていく戦争
知らないうちに始めている戦争
折り重なり
人を渡し
戦術を渡し
武器を渡し
途絶えることがない

戦争は
人を使っている
戦争は知っている
人は戦争と手を組もうとしていることを

知っていて
語ることがない
人の口に
戦争を語らせるとき
僅かにその言葉を操り
あとは
知らん顔をしているだけ

2013年8月14日水曜日

ブルーなシャンデリア


暗い海の底に心を沈ませて
息をひそめて生きる意味を問い続けるの
太陽は波に反射して
遥か上空のブルーなシャンデリア

ここには影さえできない暗がりがあり
声をたてることができない静寂がある

人たちは私のことを忘れ
世界の平穏と自分の幸福を祈って
それぞれの道でがんばってるんだろう

捨て去っていいものは
何かあるの?
大切な何かを差し出して
卑怯者に加担している

だがそれも世のため人のため
必要悪というものがあり
だれかが犠牲を払っている
だれかが涙をこぼしてる

暗い海の底に心を沈ませて
息をひそめて生きる意味を問い続けるの
太陽は波に反射して
遥か上空のブルーなシャンデリア

私は声を出さないから
古代の深海魚と話ができる
だまったまま
目的や意味は置き去りにして

ここは花の島 コマーシャル




Flowers of Fukushima  
映像/今垣知沙子

福島県立田村高校合唱部・吹奏楽部 「ここは花の島」

「ここは花の島」作曲・谷川賢作 作詞・マツザキヨシユキ

2013年8月13日火曜日

私は知らなかったのだが



月影の浜に
波が這い上がって
あなたをさらおうと
手をのばした

あなたは
とっさにその湿った手で
なまめかしくにぎり返し
鼓動で合図を送った

波はあなたの中に
入ろうとして
裾を巻き上げ
引力に逆らっていたが
やがて
蒸発を試みた

あなたは
あなたの中に入った波を
自分と区別できずに
潮を吹いて押し出してみようとした

月影の浜に
不良少年がたむろして
仕掛け花火を楽しむように
私を見ていた

私は見られることが恥ずかしくて
逃れようとしたが
なおさら恥ずかしいポーズととってしまうだけだった

あなたは
波の中に私を誘い入れ
波の背中を汗で光らせて
朝を遠ざけた

2013年8月12日月曜日

少女は二つのマリを抱えて

少女は二つのマリを抱えて
立っている
もうほかに何も持つことができないから
期待と疑問のタトゥーシールを
うでとお尻の上部に貼り付けてある

少女は何のために
そこに立っているのか
すでに忘れてしまっているから
声をかけて肩に触れてくる男に
片っ端から訊いてみるが
男たちは不意打ちを食らって
みな逃げだしてゆくので
少女は
時計回りに針が動く
時計とともに
いつまでも立っている
時の経つのも忘れて

2013年8月11日日曜日

へっちゃら


おへそのお池に
たまるよ涙
あふれるまでは
へっちゃらさ

2013年8月10日土曜日


死んだ人や
死なずに苦しんでいる人や
死ねずに絶望している人
痛みや恐怖も振り切れ
うつろにさまよう人
なくなった手足や髪の毛
溶けて固まり
誰かと一体となったように感じられる体
焼けこげた匂い
炎と煙があがっている自分
うめき声と叫び声でできた地響き

その間にできている細い道

死んだ人や
死なずに苦しんでいる人や
死ねずに絶望している人
痛みや恐怖も振り切れ
うつろにさまよう人
なくなった手足や髪の毛
溶けて固まり
誰かと一体となったように感じられる体
焼けこげた匂い
炎と煙があがっている自分
うめき声と叫び声でできた地響き

その道を倒れ込むのをこらえて歩き
神社の階段をにじり上り
回廊に倒れ込む人びとに身を寄せて
力つきた

さっきまでの自分が
私にダブって
私とは何者なのかを
くり返し教えてきた

ありがとう

いまだから
言える

いまだに私は何ものなのか
問いかけ
教えてくれる
自分

2013年8月9日金曜日

最初の原子爆弾


原子爆弾 は
まだ 爆発を 終えていない

最初の 一つが
広島の上空で 爆発を 始めてから
68年が 経とうとしているが
まだ 原子爆弾の その 爆発の
奇妙な形の 傘の下で
広島も 長崎も そして
世界中の あらゆる都市が
破壊され 哀れまれ 復興されていくけれど
本当は まだ 一つ目の 爆発さえ
終わっていない

終わっていないのだから
私たちは
新たな文明を始めたり
産業を栄えさせ
人びとの 幸福を考え
祈ることが 出来ない

爆発が 始まった 合図の鐘が
鳴っている
その響きが 木霊して
死者を つなぎ止めている
死者と一緒に
私たちもまた つなぎ止められている

キノコ雲は 夏の日差しに そびえ
広がってゆく

広がりませんように
もとに もどりますように

誰が叫んでいるのかは 分からない
私たちは 冷静に その声を聞いている
余裕はないから

岡崎武志さんが書評(サンデー毎日・2013・8)で取り上げてくださいました


2013年8月8日木曜日

ちきゅう に すきゅーばだいびんぐ


おくつが きゅっ きゅっ と なったのは
だれかに きづいて ほしいから
きゅうかんちょう が にげだした
きんきゅう しゅつどう きゅうきゅうしゃ

おくつが きゅっ きゅっ と なったのは 
だれかと あそびたいのかな
きゅうじつ しゅっきん まま いない
どーむ きゅうじょう きゅうれんぱい

おくつが きゅっ きゅっ と なったのは
ぼくと はなしが したいから
きゅうに なみだ が でてきたよ
ちきゅう に すきゅーばだいびんぐ

88888

いつの間にか
88888
を超えていました

誰が88888
をゲットしたのでしょう。
気になります・・・・

このブログ
特に詳しい分析システムを入れていないので
どんなふうに見られているか
たまに「知り対けど分からない」ということになります

だれか
いろいろ教えてください

「わたしはこんなふうに
ここを訪れ
こんなふうに読んで
こんな感想です」
みたいなこと

こんごとも
日記のような独りよがりのブログですが
どうぞよろしくおねがいします