ぼろぼろになったズボンを
捨てることができない
自分を捨ててしまうようで
自分はこんなに
ぼろぼろではないけれど
ズボンを捨ててしまったら
こんどは
自分がぼろぼろになる
いままで生きてきて
ぼくはズボンを捨てたことはなかった
ズボンは
いつのまにか
新しいズボンをはいて
ぼくの前に立っていた
ぼくは
いつも
ぼろぼろになるまえのズボンをはいて
外に出かけていった
また
ズボンはいつも
ぼくの帰りを待っていた
自分の場所に折り目正しく腰を下ろして
そして
いつの日からか
ズボンはぼくを
ぼくはズボンを
ふだん
気に留めなくなった
そんなとき
ズボンはスカートに恋をして
ぼくも
そのスカートの女の子に恋をした
僕たちはよく
駅や街灯のベンチに腰掛けて
話をした
家に帰ると
ぼくはすぐに
ズボンを脱いだ
ズボンが邪魔だったから
一人暮らしを始めたぼくは
スカートの女の子がスカートをふわりと脱いで
やさしく畳んでおくのがすきだった
そんな時も
ぼくはズボンを勢いよく脱ぎ捨てた
そして
ある日
ズボンは
ぼろぼろになっていた
ぼくは
一人の部屋で
ズボンを見た
ズボンは
思い出を刻んでいた
ぼくと一緒に
あのスカートの女の子と
写真に写っていた
日差しを浴びて
きっと徐々に色あせて
ほつれていった
ぼろぼろのズボン
ぼくは
捨てない
捨てることができない
何度目覚めても
新しくなっていないズボンと
ぼくはいつ
さよならすべきなのだろう
ボクはいつものように
返信削除彼の帰りを折り目正しく待っていた。
夜になっても彼は帰らず明け方帰ってきた。
そんな日が何回かあり、ボクはなんだか
寂しくなっていった。
そのうち彼は今風のお洒落なズボンを履くようになって、ボクは部屋の隅っこに追いやられていった。
どれくらい時が過ぎたのか、気がつけば、ボクを優しそうな女の人が両手で持っていて一瞬、フッと目が合った。
そして彼女は写真たてに目をやった後、ボクを薄暗い箱の中にそっと重ね蓋をした。
しばらくして、がさがさと蓋を開けながら、彼女は
「あなたのお気に入りでしょう?」
と言って優しくボクを懐かしい引き出しに入れてくれた。
色褪せているけど、しならない間にほつれたところも綺麗に縫っていてくれた。
彼は
「このズボン、思い出があるんだ。ありがとう。」
そう言いながらボクを擦ってくれた。
・・ボクはその一言だけでとても嬉しかった。