2011年3月28日月曜日

夜はおやすみ(私の願い)

人命救助だって
夜はおやすみ
記者会見も
記者クラブも
監督官庁も
夜はおやすみ

眠れないのは
あなたとわたし
そして
人が操れないもの

電車だって
会社だって
役場だって
夜はおやすみ
でも本当は

働いている人がいる
起きている人がいる
眠れない人がいる

でも
誰かが蓋して

夜はおやすみ

ニュースは時々目を覚ます
再放送はボタン一つ
ニュースライターは夢の中で
徒競走

大事なことは
朝になるまで知らないことにします
そのほうが都合がいいこともあります

夜はおやすみなさい
それが大人の約束

どうか
朝には目覚めますように
明日こそ できごとを先送りしませんように

新聞記事より

原発20キロ圏内、捜索進まず…1657人不明
読売新聞3月27日 21時13分配信
 
福島県大熊町や双葉町などの県警双葉署管内では、今も1657人が行方不明のままで、遺体は12体しか発見されていない。
同県警は「原発の20キロ圏内に遺体が何千体残されているか、わからない」としている。

2011年3月27日日曜日

念のため 見殺しに

念のため
この辺りの野菜は廃棄してください
10年食べ続けると
健康を害するおそれがありますもので

念のため
乳児に水を飲ませないでください
どうしても必要な場合は
大丈夫ですので飲ませてください

念のため
避難地域を広げます
いつ帰れるかは
わかりませんが

念のため
この辺りには近づかないでください
生存者は
見殺しにする方針です

2011年3月26日土曜日

ソファに坐って寛いでいる人

さっきからソファに坐って寛いでいるあの人は
ここが自分の部屋だと思い込んでいるらしい

煙草を吸い
ツマミを次々と口に運び
ビールを美味しそうに飲む
その態度は
あまりに堂にいっているので
私のほうが他人の家に来ているような錯覚に襲われる
出前でも注文しそうな勢いだ

大きなあくびをした

あの人には
私が居ることが分かっていないのだろうか

わたしは透明人間ではないのに
あの人はあの人の日常をそのまま抱えて
この部屋に来ている

わたしは
わたしの日常をかき集めて
勝負しなければ と思えてくる
そうしないと
私の存在のほうが希薄化してしまう

しかしなぜこんなことになってしまっているのだろう
いくら考えても思い当たるフシがない
いつの間に来たのだろう
なぜ 私は気づかなかったのだろう
第一 私はいま何処にいるのだろう
ソファの後ろのパソコンのところか

いいや
パソコンは付いているが
私が居る気配がない

そのとき
耳鳴りのようにサイレンが鳴った
まただ
と思った瞬間 
汗のようなものがタラタラと
床に流れ落ちた

2011年3月25日金曜日

友だちがやってきた

友だちがやってきた
一人ぼっちの夜に
まえぶれもなく
突然やってきた

いつの間にか
傍らに立っていた
やさしい表情で
言葉もなく微笑んだ

私も言葉を発しなかった
ただ友だちの眼を見つめた

気がつくと
友だちの手を握っていた

しっとりとして
あたたかかった

2011年3月24日木曜日

別のものが宿る

何かの形にみえるが
そこには別のものが宿っているといっておこう
それが何であれ だ

そのことを知らずに近づけば
しっぺ返しを食ってしまう

例えばそれは大きな圧力釜の形をしているが
本当は200年以上前に戦火で焼けた掛け軸だ
日輪と一人の人物が描かれていた

また隣にあるプールは
砂漠に落ちてきた隕石のかけらだ
有名なサハラ砂漠に埋まっている
いまも埋まったままだが
そこに宿って顔を出している

その近くにあるまた別のプールは
中国 唐の時代の瀟洒な門だ

海岸線の形をしているものは
娼婦エレンディラのガーターベルトだ

そのガーターベルトには
いま数学の教科書が宿っている
数学の教科書には
ニューヨークのスタンドで1980年に売られたプレッツェルが宿っている
という具合だ

あの日
沿岸に大きな津波がやって来てから
この世は大きく変わってしまった
あらゆる形あるものに
別のものが宿っていった

宿ることで
よく変わったものもあれば
あまりよく変わらなかったものもあった
だが 悪くなったものは
わずかだった

何かの形に見えるものが
別の何かに宿られる世界ができていったとき
その大きな動きに
人々はあまり気がつかなかった
いや 気付けなかった

気づいた人は思った
なぜこんなことになってしまったかわからない
証明のしようがない

そこで詩人は詩を書いた
詩は少しずつ広がっていった
詩人に何が宿っているかは
語られていない

2011年3月23日水曜日

マイページ

¥眠って

眠って起きることと
死んで生まれることは
どれほどの差があるのだろう

毎日目を覚まし
今日をどう生きようかと思案し
床に就く時
あやふやに
きょうへの思いと
明日の予定が混ざり合う

死んでゆく時
きょうまでの過去を振り返り
自分の死後に思いを寄せる

瞼に祭りの列が通り過ぎる
喜びを湛え苦悩を祓いながら
だが次の瞬間には
祭りの列の中で鳴り物をならし
舞を舞い
見物の人に愛想を振りまき
カメラに納められる

毎日眠り
毎日生きる
この役目を毎日担当して
マツザキヨシユキ46年4か月



¥ドングリ

ドングリとお魚で
ドングリトット
という



¥いつの間にか去っていった友

樹々の筆先ミドリ
キギノフデサキミドリ
という
誰も超えられない
初夏の峠のような言葉をのこして

きみが友であったことに
今初めて気づいた
2011/3/23


¥おさるさん

おさるさん
とんで行って助けてよ
籠を担いで
助け出しておくれよ
友だちを
小田原提灯ぶらさげて
暗い道を行っておくれ


¥僕の詩は

僕の詩は
もっとオトナにならなければ
ならないにだろうか


¥行方が分からない

不安はサーチライトにならない
不満は燃料にならない
心配は愛情にならない

この足で歩き
あなたを見つけ出したとき
郵便が届くように
愛が来る
誰から届いたかは知れずに

2011年3月22日火曜日

朽ちて美しくなろうとしている

朽ちて美しくなろうとしている
深く身を沈め
永遠に近づこうとしている

陽ざしも 夜の冷気も
遠くから聞こえてくる音も
潮風の香りも
人が戯れる音も
食べ物の味も
どれも同じものであると
初めて気づいたのだ

だが
その気づきもまた
同じものの一つだ

気づかないものとも
同じなのだ

もう言葉は存在しない
すべての差異が埋められてゆく
このような安定は初めてだ

誰もここにはこない
近くにいるのに
なんと遠いことだろう

朽ちていくことは
生まれていくこと
ただ
その時間の流れを
計るモノサシは
この世に存在しない

波音は繰り返し
語りかけてくる

去ったものたちは
すべてに同化して
言葉で伝えるべき物語はない

2011年3月20日日曜日

被災した電車さん

津波にさらわれて
線路を外れ
原っぱに倒れている
あなたに
電気を送る電線はない

あなたを操った
運転手も車掌さんも
常連のお客さんの姿もない

あなたの中には
瓦礫と林の木
電線の切れ端と電柱の一部
屋根の瓦や襖の残骸
畑でてきかけた作物の茎と葉
本屋の看板
子供のオモチャ
それから海に帰り損ねたものたちが
入っている

おおらかなきみ
よろけんで受け入れ
彼らを救おうとしたのだろう

かつて きみは
颯爽と海辺の線路を駆け抜けてきた
もっと昔には
都会のビルの間や
新しく作られたトンネルを走ったこともあった

そんなきみが
いまは横たわり
動きだす気配すらない

こんなにゆっくり
星空を見上げたことがあっただろうか

きみは僕たちの問いに答えるように
小さな聞こえない声でこたえてくれる


クモハ

クハ

モハ ……

2011年3月19日土曜日

盛大な拍手

地上よりもう一つ上の階で
パーティーが始まったが
皆 心配顏

行き先を告げずにきてしまった
いろいろとやりっぱなしで
離れてしまった

会場がざわめく

モニターに地上の様子が映し出されるたび
すまないと思う
あの惨状の中に置き去りにしてしまって

周りを見渡すと
知らない人がおおぜいいるが
なぜか旧知の親友や家族のように思える
恋人もいるに違いない

戻ることはできない

ここから眺めるだけなのだが、
会いにゆくことより祈ることのほうが尊いと思える
そのほうが役に立つのだ

パーティー会場では舞台の上で
スピーチが始まる
司会者がうまくて感心だ
登壇者の話に
皆がスッキリとした笑顔を見せる
そしてみるみる
気持ちが軽くなってゆく

皆、ありがとう
という言葉が心から湧き上る

地上の空に朝焼けが現れ
海に浮かぶ島を照らし出す

サイレンとともに
車が消えてゆく
人々が集まって
対策を練り
壊れたものを直し
さらには作り直そうとしている

パーティー会場では拍手の渦がわく

拍手の音は届いただろうか
確かに盛大な拍手だったのだが