ひとり
ひと ひとり
ひとりで生まれ
ひとりで死んでゆく
生きている時に
抱擁し合ったあのひとも
ひとりで死んでゆく
命はこの世の中で徘徊しているだけ
だれも死の門に入ることはできない
その門の向こうには
死が蹲って夢を見ている
ひとはいない
命も入ることはできない
私は生きて
いつか死ぬ
だが死の門に入るのは
私の中の死の部分だけ
それは影のようなもの
体は燃やされ土になっても
命は残り彷徨
死だけが他人事だ
いつか出会った他の命に
すまないと泣き崩れて詫びたくても
昔の記憶を命は辿れないから
もうなかったことにされてしまう
死は身じろぎもしない
私が寝返りをうっているあいだも
息さえしていないのだから
身動ぎもせず息さえしないことを死と呼んで生きている今と区別している。
返信削除その死という領域に入ると何もかも無くなってしまうことになると、私の魂の行き場が見つからない。
人は泣きながら生まれ、泣きながら手探りでその人生を生き、やがて瞼を閉じる。
その後にどんなことが待っているのかとワクワクしながら第一ステージの幕を降ろしたい。
その時は一人の方がカッコいい。
私の最初の闘病時代に読んだ 柳澤桂子さんの本を
返信削除今年に入ってからまた読み返しています。
柳澤桂子さんのホームページです。
詩人のマツザキさんに失礼と存じながら…。
http://www.yanagisawakeiko.com/index.html
あれから25年近く、生きるということを考えつづけています。
中村さん、緒方さん、ありがとうございます。
返信削除柳澤さんの言葉、いいですね。
この詩は、詩は人の生に属するかをテーマに書きました。