ソナチネの木というのが
この世のどこに
あるだろうか
その枝には
解説されていない
いくつもの物語が
葉のように茂っている
葉のように
というのは
どれも
木の枝に付くのに
ちょうどいい大きさだから
それゆえ
どこからか風が吹いてきても
軽く受け流して
ただちょっと揺れたり
震えたりするだけなのだ
もっとも古い葉は
もう千年以上も前に生まれ
そこに付いているという
ソナチネの木にも
季節というものはやってくる
やってきては
過ぎてゆく
季節変わりに
物語の葉たちはその様相を変える
ぐんとおおきくなるもの
誰かに摘み取られてしまうもの
誰かの解説にあずかって消え去るもの
季節とともに旅立っていくものたちがいるからだ
ソナチネの木が
いつからそこにあるのかは
だれも知らない
いつ生まれたのか
どうやってそこに運ばれたのか
いや
その木の存在さえ
見ることができない者さえいる
だが
ソナチネの木は
いまも
多くの葉をたたえ
日々小さな変化をしていく
4月も終わりに差し掛かったいま
夏に向けて
その葉を青々と空にかかげている
2011年4月7日
岸田衿子さんの詩の永遠と
魂の冥福を祈り
目をつぶり、耳をすまして、
返信削除ソナチネの木をみてみました。
音が聞こえなくなってきて、青空に豊かな葉を茂らせた木が
ありました。
風に葉をゆらし、それでいて、生命を超えた存在。
新鮮な葉の香がしました。
詩は読み手の想像力とあいまって成立するものですね。
返信削除茨木のり子さんの名著「詩のこころを読む」で、岸田さんの短い詩がいくつか紹介されていますが、この本は、詩の多義性を教えてくれます。茨木さんの詩に対する愛と思想が、詩の鑑賞の方法を示してくれます。
おすすめです。
ももさんのコメント素敵ですね。