2012年8月7日火曜日

北京のメモ用紙

僕は北京のメモ用紙が好きだ。
四角く白いやや厚めの紙。
手のひらに持つと指だけが鈎(かぎ)のように引っかかる。
天糊で綴じてある。
僕はそこにメモリたいことを書くのが好きだ。
寝ぼけ眼で起きぬけに夢を書いたりするのが一番好きだ。
書かれたことは他人には意味不明でも自分には分かる。
メモ用紙が応援してくれるからだ。
メモ用紙は威張っていない。
とても律儀で控えめで主張し過ぎない。
誰かさんに見習って欲しいくらいだ。
私はメモ用紙をよく持ち歩く。
鞄の中へ放り込み、ついでにペンも放り込んで、よく、手探りで見つけ出して取り出しては使う。
メモ用紙にはなくならないで欲しい。
一生そばに居て欲しい。
そして私が人生を終えた後にも、私の友だちや親しかった人の言葉をメモして欲しい。
その場に居ない私に対するメッセージをメモして欲しい。
消えないインクでも、消しゴムで消せる文字でも、落書きのような絵でも、なんでもいいから。
逆らわないでメモ用紙は答えてくれるだろう。
自分の役目を全うして、きみはそのあとどうするのか、その計画はどこに記せばいいのか、答えを知らなくても。


注釈
じっさいには「北京のメモ用紙」は中国国内で製造されたものではなく、輸入されたものである。筆者が賞賛するメモ用紙は、筆者が宿泊したホテルの備品として設置されていたものであり、「北京のメモ用紙」と呼称するにはいささか無理がある。ただ筆者にはそう呼ぶことしか出来ない「何かの特別な思い」が存在し、その「何かの特別な思い」こそがこの詩の主題となっていることは、誰の眼にも明らかだろう。

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