「泣きたい気持ち」は
泣けば、何処かに流れていくでしょう。
流れていった「泣きたい気持ち」は
また、いつのまにか、戻ってきて
あなたの傍らにあるでしょう。
それは、あなたの
「泣きたい気持ち」ですか?
どうやって区別をつけているのですか?
私の「泣きたい気持ち」は
いま、どこに行ってしまったのでしょうか。
新幹線に乗って、田舎の川を超えて、
土埃の道を通り、
あの山の中の小さな小屋の木のテーブルに腰掛けて
ひねくれてジューを飲んでいるのでしょうか。
時の流れを見ようとして
空中を神妙に探しているのでしょうか。
暮れゆく外の景色を
呼吸とともに胸に容れようとしているのでしょうか。
「泣きたい気持ち」は
帰ってきますか?
それは誰かの気持ちと
入れ替わっていませんか。
名前はついているのでしょうか。
「泣きたい気持ち」が
帰ってくるのを、こうして待っているのも
変ですね。
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