2014年3月16日日曜日

そのときもきみは

私が疲れて帰ってきて表紙をひらいても
きみはため息をつかない
居住まいを正して
八百屋がトマトやごぼうやレタスを並べるように
活字を並べている

きみは愚痴を言わず
飽きることもなく
同じ話を
どこからでも
話してくれる

だがきみは 表紙を閉じると
話すのをやめてしまう
その表紙を誰かが開けてくれるのを
ひたすら待っているだけだ

この家にやって来たとき
きみは私のかたわらで
幸せそうにしていた
私の不幸と釣り合って
私に居場所を支えてくれた

私はきみに何ができただろう
愛を注いだことはあったが
旧い昔の恋人のように
思い出の中にしまい込み
たまに取り出してみるだけだった

そして
きみのページの間に
映画の半券をはさみ
どんよりと雲がたれ込めた日に
きみをテーブルの上に投げつけた

そのときもきみは
怒りもせず
ただ表紙を再びあけてくれるのを
待っているだけだった

1 件のコメント:

  1. 中村ゆき子2014年3月16日 23:59

    気が向いたときだけ
    表紙をめくってくれればいい
    それが私の役目

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