2013年5月10日金曜日

永遠に解決しない


夏の日の陽炎の彼方に
立っている人がいる

黒い人影だ
一人
いや二人

いや一人や二人ではない
何十人 何百人
いや
いつのまにかそれはひとつの群れをなして
何千人
数えきれない群衆
こちらに歩いて来る

見つけなければよかった

錯覚だろうか
錯覚であってほしい
暑さのせいで 私は
オカシクなってしまったのだ

群衆はどよめいて左右に揺れながら
乾いた土を大きく舞い上げている
土?
そんなものあっただろうか
舗装された道の脇にはビルや家が建ち並んでいる

顔が見えない
姿を見ることができない
群衆の中からたまに
人影が立ち上がるだけだ

唸り声とも叫び声とも
経を読む声ともつかぬ音が
車輪や足音に混じって聴こえて来る

女の子が壊れかけた人形の片腕を
無造作に握り
ぶらぶら振りながら群衆の影の中に沈んだ

あれは私が知っている少女だろうか

まだ太陽は高いのに
背後から夕日が射して
長い影が揺れ始めた

何のために
向かってくるのか
問いかけることはできない
心の中で叫び訊いてみるが
おかまいなしだ

時間は普通に流れているのだろうか
道ばたの草花が
風に抗って揺れているのが分かる

群衆は近づいてきているはずなのに
いつまでたっても影のままだ

もう長い時間が経ったようでもあるが
まだ一瞬が過ぎただけのようにも思える

私の日常生活はたしかに私の周りに存在している

鳩が背後で戯(おど)けたように鳴く
私は鳩は嫌いだ

私はこの出来事を誰かに話すのだろうか
それとも
すぐに忘れてしまうのだろうか
意味が分からない出来事

過ぎ去る訳でも
遠ざかる訳でも
襲ってくる訳でもないこのできごと

その渦中にいて
友人たちは
何かに熱中しているのだろうか
私の一大事は
何事もない一コマのように
永遠に解決しないでいるというのに



2013年5月9日木曜日

戦争に行った

首がもげたぬいぐるみの胴体が
野原に転がっていました
だれも触ろうとする者はいません
ただ
雨 虫 植物 空気 霧 土埃 光の粒子だけが
触れました

そこに一緒に留まろうとするもの
去ろうとするもの
みな 
触れた経験を持って
思っていました

持ち主は
戦争に行ったのだと

2013年5月8日水曜日

その人の居る場所


アパートの一室
箪笥の横
畳の上
錦糸の布に包まれ
白い器の中で眠る人

ああ もう「人」ではないのでしたね
でも
その人の名前は
よく憶えているし
その人によく似た人が
たまに ここを訪れ
布の中身を見たいとごねている

アパートの一室
箪笥の前に布団を敷いて
その人のそばで眠るまた別のその人
その包みを
土に埋めたいという

私は
穏やかなその話を
何度となくきいた
そして包みは
土に埋められることもなく
今も箪笥の横においてある

そして

遊び飽きた
オモチャの木馬みたいに
夕方の日差しのシャワーを浴びている

2013年5月7日火曜日

ブランコがひとりでに


ブランコがひとりでに揺れて
夕日が長い影を作ると
どこかに閉じ込められていたあの子が
やって来る

歳のはなれた姉の手を引いて

姉は悪い男に犯されてから
誰とも恋をすることができなくなった
恋の真似事をして
恋の気分を味わおうと何度も試みたけれど
それはいつもただの激しいセックスに溺れ
傷つくだけだった

だから
歳のはなれたミルクの匂いのする妹とは
気兼ねなくつきあえたのだろう

ブランコがキーキーと
音を立てる
諦めかけた悲鳴のように
か細いまま 叫び続けている

風も吹いていないのに
木の葉がしきりに
裏表になるのを繰り返している
何かの警告だろうか

ブランコがひとりでに止まり
夜が来て
もうここには誰の悲鳴も聞こえない

2013年5月6日月曜日

ゲルニカの画が

ゲルニカの画がモダンにアレンジされて
踊っている楽しげな人びとと馬たちの宴会だ
首がもげ血しぶきをあげる人はいない
黒 白 赤のよどみのない世界
泣く人の涙は巨大な黒い宝石
振り下ろす斧はホームランバッターのバット
ゲルニカの画の毒は抜かれてデザインされ
都会的なリビングの壁紙の前
誰も殺し合わない誰も告げ口しない憎しみさえも生まれない
ただゲルニカの記憶がうっすらと揺れDNAを活性化している
ゲルニカの画がモダンにアレンジされて
新しい恐怖を生む準備はもうできた
パブロピカソはハフロチカトと変わりない
くだらないだじゃれは風化しない
風化するのは風化しないもの以外のもの
ゲルニカの画がモダンにアレンジされて
沢山製造されて

2013年5月5日日曜日

ご破算の方法


偽物を彼は好む
そしてそれが本物だという
私は
マイナス×マイナスの掛け算の
答えを知った時のあの衝撃を思い出す

最後にゼロを掛ければ答えはゼロになる
これは使えると思った
そのご破算の方法も

2013年5月4日土曜日

夕焼け、夕焼け


夕焼け、夕焼け と唱えて
夕焼け色のベールが掛かる
釉薬は溶け沁み込み抱きしめる

夕焼け、夕焼け
言い訳 分け隔て

勇敢な戦士が
呆気なく命を落とす
命は舞い上がるか
地に沁み入るか消え去るか

夕焼け、夕焼け
今はない野原の夕焼け
廃棄物置き場の風に舞う埃
言い訳 捨て台詞
無神経

真紅の炎が
傍らに佇んでいるが
見つけられない人

夕焼けは 空を旋回して
遠ざかってゆく

夕焼け、夕焼け
ボールペンでスケッチした
夕焼け いい加減な紙の上
線の集合体

私に似合っている夕焼け
油の匂いがして
ダマになっている
もがき苦しんでいる

2013年5月3日金曜日

ブロッコリーの森の上

ブロッコリーみたいじゃない? 森。

TAKAはロープウエーから眼下を動いていく森に
私の視線を促して言う

ブロッコリーって、ぴったしじゃん?
おれ、前にここ、乗ったとき思った。
ブロッコリーみたいって、ぴったしだって。
うまくない?

うん、うまいうまい。いいね。
そうだよね、ブロッコリー。

ブロッコリー。たしかに、ブロッコリーに見える。

似ている。
ブロッコリーの森。
マヨネーズかけたくなったりしない?

車内ではこの観光地の歴史を説明している。
TAKAはくつろいで無邪気に口をあけて下を見ている。
私もだ。

あんね、降りたら、海の浜に行こう。海水浴場。
近くに食堂もあるから。

うん。どのくらい?

ブロッコリー、サラダにあるかな?
とも言おうとしてやめた。
だってサービス良すぎじゃん。

30分ぐらい。

ブロッコリーの森の上、
ロープウエーは通り過ぎ、
私たちの「時」もまた通り過ぎた。

2013年5月2日木曜日

初夏の夜に
見上げた窓に人の気配がある
閑静な住宅地のその家の住人は
そこで何かいい構想を巡らせている

落ち着いて仕事に取り組めること
私が長年ずっと求めて来たものが
ここにある

親は景色の中に我が子の気配を感じ
無言の幸せを噛みしめる

私は親ではない
子であるだけだ


駅に向かって歩くと
窓の中で
人影が動いた

振り向いて
我が事は前を向かねばと悟って



2013年5月1日水曜日

ぼくの経済圏

その日
ぼくの経済圏はぼく一人
食べたものが栄養となり
ぼくを明日も生き延びさせる

あの日
ぼくの経済圏は自宅そばの街並
桃色レンジャーが握手して
キャンディーくれた

ある日
ぼくの経済圏は日本国内
ニートが誤って偽札を製造しちゃって
一枚くれた

またある日
ぼくの経済圏は銀河系
まぶたを閉じて宇宙を見通し
近視の治療を試みる

いつか
ぼくの経済圏は掌の上
きみの作り話が小さな世界を
作っている