2011年7月10日日曜日

思いがけない家出

すきま風のところに行って
冷たい風を吸い込むと
ガラスが曇って
景色が見えにくくなった

ほつれた毛糸の先を引っ張ると
スルスルと
虫が行進するように
ほどけていって
どこでやめていいのか
わからなくなる

冷凍庫では
シャーベットができたはずだ
作るのは好きだが
食べておいしかったことがないので
もう関心がなくなっている

あなたは
むずかしい計算をしようと
指を折って数えているが
問題の意味が解らないので
ちっとも解決に結びつかない

扇風機がカタカタいいだして
壊れそうなので
コードを引っ張って抜いた
見る間に
首に汗が吹き出してくる

いらだって
持っているものを
床に投げると
もうその場にはいたくなくなって
ドアを開けて出て行く
いつものカバンだけ手にして

鍵もかけずに
鍵を持たずに

2011年7月9日土曜日

バイバイ

きょうはあなたと過ごした最後の日

朝焼けのような夕焼けが
ビルの向こうに見える


あなたはバイバイといって
バスにに乗って帰って行った
裸足に新しいスニーカー履いて

いつもの喫茶店で
私は考え事をしようとしているが
なにも考えることができない

あなたはいつもの
笑顔で
私との話の続きを
自然に話していた
そして
大戸屋にいきたいといって
そこでおいしそうにチキンとトロロご飯を食べた

私はあなたとは
付き合っていなかったのではないかと
今更思えてきて
必死に打ち消そうとしたができなかった

あなたは家を出て
夜通しDJの紡ぐ音楽に身を投げて
踊った
そこにはあなたの愛する男がいた
あなたは体を弾ませると
自分がこの場から飛び出していっているのを感じた

もはや私は私の姿をどこにも見出すことができなかった
丸まったミミズが陸亀に喰われている映像を
思い出した
魅力のない人生が落ちていたら
それは届けずに放っておいてあげたら

私は生まれ変わり
かっこよく颯爽と生きて行きたい

2011年7月8日金曜日

私たちの自慢

さっきまで猫を撫でていた手のひらが
あなたの胸の上を這い回り
背中を滑降する

暑さのせいで
汗をかいている肌は
もっと汗をかきたいとおもっている
それはいつもの癖

そうして
ハーフタイムだけで引き分けになる
ゲームが終わり
思いっきり体に風を受け入れるとき
あなたは遠くに懐かしい人の声を聴いて
密かに安心している

私もそうだ
そしてそれはいつものことだ
そして
おたがいには口にしないことも

私たちは
人目をしのんで
この家に隠れている
美しい一対の男女を演じて
楽屋に住む
秘め事に埋め尽くされそうな日常が
私たちの自慢なのだ

2011年7月7日木曜日

いつも会っているあなたに
きょうは会わない日
会わないで空を見上げる日

あなたはきっと
縛られて
どこかに囚われているから
今夜は
秘密の信号で
あなたに連絡しよう

あなたは
きょうは
疲れ果てて
眠るのに夢中だから
ちょうどいい

夢のなかに
こっそり侵入して
唇に
キスしよう

夢の中なら
誰にも何も言われない
あなたさえ黙っていれば
秘密が
二人をつなぐ
銀の鎖になる

流れ星が作ったような
細い鎖

怖い日

部屋の中で空の方角を見上げる
本当は地面の向こうにも空があるのにね

溜息を量り売りするため
大きなビニール袋に貯める

あなたがメールしてきた写真を
何回も画面に映してみる

きょうは
あなたの気配のない日

めったにない
怖い日

2011年7月6日水曜日

詩にはできない

あなたはあなたを
差し出すんだね
どうぞ好きにして

あの男に

私は知っているよ
あなたも好きにするんだね

10,000超ありがとう!

誰にも言わずに始めたブログでしたが、10,000ベージビューを超え、なんだか一区切りついた気分です。ポエムジャーナリストを標榜しながら、なかなか取り組むことができず苦戦しています。しかし諦めずに必ず自分の方法論を確立し、表現していきたいと思います。もう一つのライフワークである『選評作家』についても、徐々に活動を始めています。詩を読んでほしい人から求めがあれば、どこへでも出掛けていって、講評をしています。すでに何度か地方にも出掛けていきました。(もしご希望の場合は、matsuzakiyoshiyuki@gmail.com までご連絡ください)。

2011年7月5日火曜日

担当者

国の
人の気持ちを考える担当者から
電話がかかってきた

優しい声で
おはなしを聞きたいのですが
よろしいですか?
という

はい
と答えると
国のせいで
あなたに辛い思いをさせていてごめんなさい
あなたが
どんな気持ちだったか
いまどんなことが気になっているのか
教えてください
という

私がひとしきり喋ると担当者は
そうですか
それは本当に申し訳なかったですね
いえ
申し訳なく思っています
何かできることがあったら言ってください
という

私が
してほしいことを並べ立てると
担当者は
わかりました
すべてが出来るかどうかわかりませんが
一つでも多くできるようにがんばってみます
いろいろ手配して打ち合わせしたら
三日以内にまた電話しますね
という

私は
担当者に
期待しているからよろしくお願いしますと
ややぶっきらぼうに言ったが
ちょっと後悔してあわてて
「ありがとうございます」と付け加えた

泣きながら朝目覚めると
あれから3か月が経っていた
鳴らない電話を抱えて眠るのは
もうやめようか

別の担当者に
相談したい





「おひとよし」というと非難しているようですが、社会で生きていくときに、「おひとよし」は時に命取りになります。それでも、どうしても「おひとよし」にふるまってしまうのは、根がそうだからだしょうか。これは仕方がないのでしょうか。それともいいことなのでしょうか。
国によって重要なデータが隠されていたせいで、被害にあった私達は、どんな『気持ち』を持って生きていったらいいのでしょう。「おひとよし」とお別れすべきでしょうか。

2011年7月4日月曜日

やめろ

波打ち際で
海が
「やめろ」と叫んでいたけれど
やめることができなかったんだ

心も
「やめろ、もうこれ以上は」と迫ってきたけれど
どうしてもやめることができなかったんだ

あなたも
帰り際に
「もうやめたら」とちょっと目をそらして忠告してくれたけれど
どうしてもやめたくなかったんだ

挙句の果てに
「やめろ」が
「やめろ」を早く受け入れるよう
訴えてきたけれど
「やめろ」に「やめろ」と言い返して
やめないことにしたんだ

愛することを





「やめたほうがいいこと」に挑戦する価値があるでしょうか。その答えは実はあなたの中にしかありません。世間には落ちていないのです。

2011年7月3日日曜日

なにをしているの?

お金より気持ちが大事
いつもそう思ってしまう
本当は
どっちも大事にしなきゃいけないのに

そして
気持ちは変わりやすいものだと
分かっているのに

風見鶏みたいに調子よく
方向転換できないまま
また
状況が変わっていく
状況が変わって
また
元に戻ることもある

気持ちよりお金を大事にする人と
一緒にいると
いろんなことが分からなくなって
自分は
なにも大事にできていない と
思えてくる

お金を大事にする人は
人の気持ちは
空気のように当たり前に
大事にしているようにも
思えてくる

当たり前に大事に なんて
この世に
在るのかどうか分からないけど

そして目の前のコーヒーが
語りかけてきた
あなたはここで
なにをしているの と

なにをしているんだろう
お金と引き換えに手に入れたこのコーヒーに
問われて
答えられない





人の気持ちを理解するのは、とても難しいことなのではないでしょうか。また、人の気持ちを理解し過ぎるのも何かと問題がありそうですね。それにお金が絡むとなお複雑になり、人間社会では紛争が絶えません。
だからといって、自分のことをよく理解するのも、とても難しいようです。そういう方法論を義務教育で習ったこともありません。いったいどうしたらいいのでしょうか。