あなたは首を横に振る
私の方を向いたとき
目が合う
でもまたすぐに眼をそらして
素知らぬフリ
私はため息を一つ漏らす
あなたは
私たちのいる部屋の空気を
かき回して
私に風を送る
押し入れの中に
しまっちゃうぞ
また次の夏が来るまで
ともだちは
じぶんではありません
じぶんのなかに
ともだちが
いるようなきがしても
ともだちはじぶんではありません
ともだちのゆめをみても
ともだちのきもちがわかっても
ともだちとじぶんが
くっついてうでずもうしていても
ともだちとじぶんは
わかれている
べつべつのにんげんです
もし
ともだちと じぶんのからだが
いれかわって
こころが
そのことにきがつかなくても
じぶんはじぶんだけ
ひとりです
じぶんがひとりであることは
すてきなことです
ふたりがともだちであるのと
おなじくらい
すてきなことです
雪の日に
女のひとに手を引かれて
田舎道を
チョコレートを買いにいった
古い木枠の硝子の引き戸をあけて
店の中に入った
ストーブの灯が燃えている
薄暗い店内の平台に
赤い包みのチョコレートを見つけた
その包みの中に薄い銀紙に包まれた
チョコレートが入っていて分け合って
指をなめなめ食べるのだ
そして雪の降る薄暗い道を
女のひとと一緒に
帰っていった
あの女のひとは
母だったのだろうか
あの田舎道は
いまもあるのだろうか
ドラッグストアの店頭で
安売りされているチョコレートに訊いてみたが
もちろん答えてくれない
母に訊いてみようか
いや
訊かない方がいいだろう
甘い謎は
そのまま取っておいたほうがいいに決まっているから
ぼくはだまっているのに
小さなとりが
ずっとなにかをはなしている
ぼくは心のなかで
ひとりごとをいっている・・・ことに
いま気がついた
だまってぼくはひとりごとをいっているのに
小さなとりは
声をだしてはなしている
ぼくは小さな声をだして
いってみた
ーーだれにはなしてるの?
なにをはなしてるの?
小さなとりはぼくを見て
くびをかしげた
でもまた
そっぼをむいて
なにかをはなしはじめた
ぼくはまつげをパタパタさせた
小さなとりはいきおいよく
空へと とびたった
せんそうがやってきた
うかれたひとはいなくなった
まちじゅうに
なんみんがあふれた
しんだひとは
だれかがつちにうめる
おおきなふろおけが
といれのかわり
こうみんかんは
なんみんのすみか
ぐんたいは
がいこくにでかけて
まもってくれないから
てきがやってくれば
ていこうせず
ころされるかもしれない
やきゅうじょうのフェンスのうらに
ひとがたむろしているのは
せめてくるものから
かくれたいからだ
まだ
そらからばくだんはふってきていない
ラジオもテレビもほうそうをやめたので
がいこくのほうそうを
きくしかない
よるはでんとうがともらないせいで
ほしがきれいだ
エアコンもとまっている
いろんなにおいがまざっている
ちょうへいされたひとも
いるという
ぼくはふつかのあいだ
なにもたべてない
もうそのことさえわすれそうだ
こっかはなくなってしまったようだ
みんなしょくばほうきして にげたのだ
ひとびとは
ただいきのびるだけのじょうたいとなっている
しをかいたり
うたをうたをうたっているひともいない
あんなに はやっていたスマホさえ
もうするひとを どこにもみることができない
ふろおけに
ちんぽをむけて
ちからをこめると
なんと おしっこは
いきおいよく
むこうのふちあたってしぶきをあげた
そういえば
ふつかぶりの
しょんべんだった
ぼくはきょうからぼくでなくなる
だから
ぼくの おなまえさん
さらばだ さようなら!
おなまえさん
おもえばいつも
きみを やおもてにたててきた
いつからか
ぼくはきみのかげにかくれて
そのぶんへいおんに
すごしてきた
だがきみは
もんくひとついわず
ぼくをまもってくれた
きずついて あざだらけになり
ふくはやぶけ
くつも かたほうしかのこっていないのに
そこでぼくは けついして
きみをへやのなかにいれ やすませることにした
もういんきょしてもいい
というきもちだ
とはいっても
ネットはつながるし
メールやFaceTimeだってできるから
きみにふじゆうはないだろう
おなまえさん
どうかゆっくり ほねやすめして
ぼくをみまもっていてほしい
こんどは ぼくじしんが
やおもてにたって
じぶんじしんで
せいぎのために たたかうから
せいぎはかっこいいもんんじゃない って
だれかいってたな
かっこわるいのは
ぼくのもちあじだ
そして
ぼくはしぬとき
いちばんきれいな
ほしをおもおう
とほうもなくとおくにあるそのほしは
なまえもないが
うちゅうのどこかでかぼそくひかっている
だれかにみられているか なんてことは
もちろん きにせずに
いまぼくにはみえていない
その ほし
きみにも
みえないかもしれない
なまえのない ほし
おもしろいこと あったなら
ひとにいわずに だまっとこう
しかし いいたく なるもんだ
それがにんじょう しかたない
おもしろいこと たのしんで
がまんできずに はなしちゃう
おとなはそれを やめろって
えらそうに すぐ めいれいだ
おもしろいこと やめたあと
わらいをこらえて ねむったら
きみょうな ゆめを みてしまい
おきたらぜんぶ わすれてた
おもしろいこと なんだっけ
おもいだそうと してる あさ
おもしろいこと やってきた
おならもしちゃった だまっとこう
泣いたら
気が晴れた
笑ったら
淋しくなった
おこったら
悲しくなった
ゆるしたら
笑いたくなった
わたしの
ココロは
変じゃ
ないですか?
ゆるしてね
ゆるゆるしてて
ゆらしてて
キスしてね
すきまをあけて
すきにして
ねむりましょう
魔性の胸に
無念な詩
下の方で火がチロチロと燃えて
煤(すす)の匂いが立ち込めている
あの大火がまだ続いているのだ ✴︎
消し止められたものだと思っていた
もう忘れ去られたのだと高を括っていた
だがあの人の哀しい願いごとのように
その火は
いつまでも消え去ることはなかった
あの人は白黒写真のなかで笑っている
時代が繊細な色模様に彩られ
ノイズさえ音楽になったとき
あの人の叫び声は
人々が気づかぬ時に蒼空の彼方から
空に吊るされた高い高いブランコのように
やってきてはまた彼方目指して消えていった
それでも
時代の漆喰の壁に打ち付けられた〈?〉の形のねじ釘は
夕日にただあやしく光って
コトバでないものを語りかけてくる
その問いに私は頷いて
やはり
答えのコトバをもつことはなかった
——吉野弘さんを追悼して
✴︎酒田大火(さかた たいか)。1976年(昭和51年)10月29日に、吉野弘さんの郷里である山形県酒田市で発生した。