2011年4月30日土曜日

ライムの香り

寝ているあいだに
あなたのからだに
何度も波がやってきて
連れ去ろうとしたので
目覚めたとき
あなたは疲れきっていた

こんなこと一度や二度ではないだろう

リビングのテーブルについたあなたは
無理やり笑ってくれたけど
ぼくはどうしたらいいのか
わからなかった

昼になって
あなたの手は
火に鍋をかけて
カボチャを煮
イワシを割いて小麦粉をまぶし
料理を作り始めた

大きなワイングラスに
金色の液体を注ぎ
ライムを絞って
さし出した

その一連の動きが
あらかじめ
決められていた
何かの美しい物語のように
僕の目の前にあった

ライムの香り
あなたの手から香ってきた
氷の上で
絞られたライムが見つめていた

2011年4月29日金曜日

竈(かまど)の火

不幸の手紙を自分に出した
なぜか節目に送られてくる手紙
その手紙をそのまま書き写し
自分に出すのだ

私に届いた私が書いた不幸の手紙は
あなたの幸せの役に立つだろう
不幸の手紙はあなたの幸せのために考えられたものだから
私はあなたが幸せになるのを見届けて
どこかに去っていく

居なくなった私は
もう不幸の手紙を書くことはない
ただ残された多くの出せなかった手紙が
あなたの家の竈の火を燃やし
食事の鍋をあたためるだろう

わたしはやっている

詩を生むよりも
生活や仕事を大事にしなきゃと
思っているんだね

両方やれるんじゃないかな
わたしは
やっているよ

そこに置いて

暗い顔をして
雨上がりの
緑の
木々を見ているね

暗い気持ちを
そこに
置いて行きたいと
思っているんだね

2011年4月28日木曜日

あしたにはきえている

死への道をまっしぐらだよ
もう詩は書かない
書けないんだ

読む人に
未来を信じさせなきゃならないから
嘘でも
役に立たなきゃ価値がないんだ

価値がないのを
知っていて
取り繕うのは駄目なんだ

下手な詩が
下手な書き手から
見放され
道ずれを求めてやってきたんだ

ついさっきのことだ
追い返すことはできなかったよ

深呼吸して
生き延びようとするように
死んでいくよ

相似形なのかな
分からないけど

悔しさは繰り返しやってくるだろう
いいところもあったから
あきらめがつかなかった

神様に指導して欲しかったよ
いまからでも見守っておくれ

文字は仲間だったな
最後まで
看取ってくれよ
よろしく

寝入るように
言葉ともお別れ
役に立っておくれ

希望を与え
やさしくいてくれ

2011年4月27日水曜日

ゆっくりやればいいんだ

ゆっくりやればいいんだ
ゆっくりやればいい

ゆっくりやればいいんだ
ゆっくり
ゆっくり

ゆっくり


慌ててやってもいい具合にいかないんだ
慌ててやってもいい具合にいかない

いい具合にいかない
慌ててやっても

やっても
やっても


どうにもならない一筋縄では
一筋縄では

どうにもならないんだ
慌ててやっても

ゆっくりやればいいんだ
慌ててやっても
一筋縄ではいかないんだ
どうにもならないんだ
いい具合にいかないんだ
いかないんだ
慌ててやっても
どうにもならないんだ
一筋縄では
いい具合にいかないんだ
ゆっくりやればいい

ゆっくりやればいいんだ

ゆっくり
ゆっくり

2011年4月26日火曜日

野山の野と山の間

のこのこと
やってきた私は

しめしめと
待ち構えていたあなたに
みすみすつかまった

やれやれと
帽子で顔を覆う人をしりめに
私たちは
幸せだった

トントン拍子にことは進み
しんしんと更けた静かな夜に
私たちはミシミシとベッドをきしませて
朝まで眠らなかった

だれもがそれぞれの思いを抱えて
スースー寝息をたてて眠っていただろう

私たちの時間は濃厚で
薄まる気配さえなかった

星の光のなかで
シクシクと泣く姿は見えなかった
恋人はなくなく去っていった

そうして
あなたと私は自然に結ばれた
自然は私たちによって
イキイキと薫ったのだ

2011年4月25日月曜日

彼は朝立っていった

彼は朝
立っていった

彼女は
立っていった彼を
包み込み
やさしさで満たす存在だった

彼は
出ていった
それから
立っていった

立っていってから
彼女は
彼を追っていった

彼は
追い抜かれる心配でいっぱいだった
胸がいっぱいだった

彼女は追い抜かず
すこし
あとからいった

彼は彼女に
いった
愛してると
すきだと

彼女も彼が好きだった
だから彼にいった
いかないでと

いくなら
一緒にいこうと

だが
彼は
朝立って
いった

それが
彼のいいところだわ

彼女は思った

2011年4月24日日曜日

ソナチネの木

ソナチネの木というのが
この世のどこに
あるだろうか

その枝には
解説されていない
いくつもの物語が
葉のように茂っている

葉のように
というのは
どれも
木の枝に付くのに
ちょうどいい大きさだから

それゆえ
どこからか風が吹いてきても
軽く受け流して
ただちょっと揺れたり
震えたりするだけなのだ

もっとも古い葉は
もう千年以上も前に生まれ
そこに付いているという

ソナチネの木にも
季節というものはやってくる
やってきては
過ぎてゆく

季節変わりに
物語の葉たちはその様相を変える

ぐんとおおきくなるもの
誰かに摘み取られてしまうもの
誰かの解説にあずかって消え去るもの
季節とともに旅立っていくものたちがいるからだ

ソナチネの木が
いつからそこにあるのかは
だれも知らない
いつ生まれたのか
どうやってそこに運ばれたのか

いや
その木の存在さえ
見ることができない者さえいる

だが
ソナチネの木は
いまも
多くの葉をたたえ
日々小さな変化をしていく

4月も終わりに差し掛かったいま
夏に向けて
その葉を青々と空にかかげている



2011年4月7日
岸田衿子さんの詩の永遠と
魂の冥福を祈り

2011年4月23日土曜日

雨の日の詩

23時36分
パソコンの前

外で
雨の音がしている

手元で
キーボードのキーの音がしている

モニターに
「詩に愛はあるか☆未来創作」というタイトルが表示されており
その下の白地のウインドウに
迷いがちに文字が表示され
文字の下に点線のアンダーラインが現れては消えていく
(消すためには変換候補のある箇所は
一旦青い地が背景に現れ文字は白色となる)

その様子を見ながら
私は
さっきから消去してしまった
いくつもの書きかけの詩のことを
考えている

きょうは特に多くの詩を消去した

消去された詩の中には
きょうは頭の中から消去したい『あなた』のことが記されている
(消去したのだが、むしろ『あなた』のことばかりが
また言葉になって出てこようとする)

『あなた』のことは書かないぞ
←もう書いているじゃないか
消してやる
←脅してる

話題をかえよう
「それはさておき」と言えばなんとかなるものだと
芝居のセリフで聞いたことがある

それはさておき。


きょうは雨が降っている
夕方は天気雨だった

傘をささずに
バス停まで歩いて行くと
ポケットにメールが届いた

『あなた』からだ

それはさておき。


桜は散ってしまった

お好み焼きが
うまく焼けない
それは
私が言いたいことだった

雨の中で
愛を呼び寄せるため


それはさておき

詩なんか
書いていられない