2013年10月9日水曜日

家族が消えさらない部屋


遠くに海鳴りの聴こえる部屋
夕日が楽しげにやってくる部屋
家族が消えてしまった部屋

いるのは私だけ
でも私はいないも同じ
息を潜めて
笑いあったあの時の写真を
くり返し引きちぎる

いるのは私だけ
でも
いつでもいなくなるのも私
でも
いるのは私だけ

あるのは愛だけ
聞き飽きた陳腐なアイで包まれているアイだけ
包んでいるのもアイだけ

遠くに海鳴りが消えていく部屋
夕日が楽しげに帰っていく部屋
家族が消えさらない部屋 部屋





2013年10月8日火曜日

先生はあいさつをしましたか


先生は
別れるとき
私に
あいさつをしましたか
死んでいったとき
私に
あいさつをしましたか

先生は
誰に
あいさつをしましたか

私たちが
見ていないところで
だれに
初めまして と
さよなら のあいさつを

キスと
抱擁を

しましたか


2013年10月7日月曜日

不幸どころか


ジャムを塗ったところが
坂道に変わってゆく
そのとき
パンは海に
パンの耳は屋根の内側になる

白かった小麦粉は
海の青色に変わり
もう海になっている

ジャムを塗ったパンは
もう消え去ろうとしている
記憶の片隅に片足を残しているだけだ

エアコンから吹いてくる風は
むせぶほどの潮の香り
ラジオから聴こえてくる音楽は
海鳥の鳴き声となる

私は消え
私のいた空間は
景色で満たされて
不幸どころか
幸せさえ感じない









2013年10月6日日曜日

3人の女性



3人の女性が
橋の上に立っている
こんもりとした常緑樹の緑が向こうから見守っている
そこに水が流れているのか
私の立つ場所からは見ることができない

3人の女性は
橋の上から橋の向こうを見ている
見ながら何かをひそひそと話している
楽しい話ではないだろう
誰かがどうにかなってしまった話だろうか
川の流れを見ながら
この世に生きる辛さを嘆いているのだろうか

3人の女性は
若い娘と友人とその母だろうか
それとも娘と母と老婆だろうか
後ろ姿しか見えないので判別することができない
いつからそこに立っているのだろう
背の低い古びた街並はどんよりと暮れはじめ
橋の上を行き交う人も
やがて夕闇に呑まれるだろう

3人の女性は
その橋の上でかつて見知らぬ男が発狂して
おおきな荷物を川に投げ入れたことを
憶えているだろう
それはこんな季節のこんな時間帯だった

3人の女性は
疑いをもちはじめている
ひょっとしたら存在するのは自分だけで
あとの2人は誰かの幻想なのではないかと
私たちは外からはただ1人にしか
見えないのではないのかと
そして
やがて見ている私のことに気づく
私はこの場を立ち去らなければならない
私は立ち入ってはいけないのだ
3人のいる世界に入ってはいけないのだ

だが3人の女性は
私に近づいてくる
その躯だけを置き去りにして
あの橋の上の欄干から手を離して
私の中に
入ってきた





Girls on the bridge,1901 Edvard Munch

2013年10月5日土曜日

危ないので注意が必要(注意喚起)

5階建ての建物であるが
1階から5階まで全部吹き抜けになっている
吹き抜けの空間にジャンプ台のようにせり出しているのは畳
その畳は床板にガムテープで固定されている
誤って畳の吹き抜け側まで歩を進めると畳は撓(しな)り
ほぼすべての人は落下してしまう
(そのような人を何人も見てきた)

階段は数カ所にあるが
メインの階段は木の椅子を積み重ねて造ってある
この階段の中には
ソファがいくつか交じっていて
また固定が良くないものがあるので
不安定であるため
やはりたまに落下する人がいる

2013年10月4日金曜日

喋っているときには

喋っているときには
聞こえなかった
彼の沈黙が
語り始めた

彼は
夜の雨の向こうで
一方的に
問いを投げかけている

私は答え合わせをしたくて
喋ってみたくなる

時折
雨は降る強さを変え
二人の間に
ざわめきのベールを引く



iPhoneから送信

2013年10月3日木曜日

思い出の宝箱を開けるだけでも

思い出の宝箱を開けるだけでも
あなたと豊かな時間を過ごせるけれど
きょうは新しい場所に行きましょう
箱には入りきらないほどの思い出をまたつくろう



栞が挟んであったページに書かれていた
あなたのこと
ありふれた描写の暗号を解読するには
時間の鍵が必要だと
あの時気づいたのだった
書いた自分にも分からなかったその謎が
ぼんやり立ち現れそうになるが
怖くて表紙をパタリと閉じた

2013年10月2日水曜日

小さなお城

小さな自分のお城を造る
造って門を閉める

小さな自分が住む
小さなお城

ややこしい決まりをいっぱい作り
自らやぶる

好きな人ばかりを招き入れ
世辞を言わせて楽しむ

小さなお城は
古びていって

夕日に染まるお城は燃えはじめ
朝日を背にした姿は炭を隠し

落城の日は
落ち延びようか切腹しようか

それとも別の城に逃げ込もうか
迷っている

2013年10月1日火曜日

夜風の小径の垣根

夜風 夜風
よるのかぜ
お前はたぶん
ただひとりの
友だちだ

小径 小径
頼りない細道
私を抱きしめてくれる
その草の香りの
ふところ

垣根 垣根
昔からある垣根
浮いた言葉はじいて
透き通った
光を映すのか

2013年9月30日月曜日

世界の混沌

核分裂が起こり始めたんでしょう
警報の種類が変わったわ

灰色の雲の垂れ込める海岸は
湾を挟んで対岸にある

アシスタントのミモトが
無表情にそう漏らした瞬間
私は行かなければという衝動に駆られたが
危ない状況に武者震いした

脳裏にあったのは
前回見た核爆発だった

理科の実験室で
水素を作る実験をなぜやらされたのか
今になって分かった気がしたのだった

夕刻へと向かう空模様
未来へと向かっているのか判然としない心模様

自転車で30分
ここからあの海岸までの距離だ
途中には遺跡があり
貝塚も保存されている

百代前の家族は
味噌汁の鍋をかき混ぜながら
獲れたての魚をチンしていただろうか

霞む山の上空で
仙人は見下ろしているだろうか
世間と世界の混沌が
混ざり合う様子を