2013年6月12日水曜日

スリットいりの景色

スリットいりの景色が
一日に何度も切り替わる

きみが笑い声を高めるたびに
古い景色は粘着質のものに
まきとられていく

二度と現場に立ちあがることができなくなった
古い景色は
夕日に滲ませた泣き顔を
カラカラに乾かして自らの不遇を紛らわしている

それだから
私の毎日には
点眼が必要だ

何処かで高みの見物を決め込む
不適な友だちにさえ
合わす顔がみつからないから
この景色の中では

2013年6月11日火曜日

赤ちゃんをつくる

赤ちゃんをつくりましょう
私たちの赤ちゃん
聖なる夜に
命を呼びましょう
あらゆる穢れを
星の光で浄めて
奇跡のスパークを
閉じ込めましょう

過去と未来の時の流れを
あの 霧に霞むあたりで
併せましょう
世間の雑音を
音楽に変えます

魔窟に棲む妖怪たちも
今夜は祝福のため
静かにしているでしょう

雲の上に溜まった
神の涙は
温かい雨に変わります

あなたは
白いシーツの上で
輝いています
花の香りを放ち
畝っています

その曲線のぜんまいが勢いよく拡がり
私はそのバネの躍動ね中に
深く潜ってゆきます

朝は
あんなに遠かったのに
ガラス瓶のように
もう
窓辺に置いてあります

いつの日にかみた
あの花束を抱えて
あなたと出会った時のように
何もしらない顔をして

2013年6月10日月曜日

やぶか

やぶかとんできて
はりさした
やぶかはりさして
ちをすった
やぶかちをすって
ちょっとよっぱらった
やぶかちょっとよっぱらって
めがまわり
わたしはたいておとした
やぶかはたかれてちをだした
ちをだしながらじめんにおちた
やぶかやぶかだとじぶんではしらぬまま
しんでいった
しんだことさえきづかずに
やぶかいきていたことさえきづかぬに

2013年6月9日日曜日

詩ではないけれど

母が手術を受けることになった
成功しますように
痛くありませんように
前よりも元気になりますように

神様の前に立つ時
ふと思い出した時
いままで
強い母としか思っていなかったその人を
初めて弱いところもある人なのだと気づいた

私は私の方が弱い人間だと
ずっと思ってきた
だから
いままで
照れてばかりで
いたわったことはなかった

その母が
病気に挑もうとしている
細くなってしまった脚に力を込めて
恐怖に耐えることもあるのだろうか

麻酔がうまく効きますように
目覚めたら
やさしい私 が
そこにいられますように




2013年6月8日土曜日

空海という猫











初めて「空海」という名の猫を見たのは
昨日のこと

古いアルバムに書き込まれていたその名の上に
行儀よく座って
こちらを見ている

写真だから
動きも
鳴きもしない
永遠に春の長閑な陽の下で
白黒写真のまま
そこに座っているのだろう

今はもう亡いその人から
空海という猫がいたことを聴かされたのは小学生の頃
ある日気づくと
いつの間にかその猫はいなくなってしまっていたという

1951 と銀文字の年号が刻まれた
そのアルバムの中で
私に見つけられるのを待っていたのか
いつの間にかいなくなってしまったひとが
今はもうない家の奥にひっそりと仕舞っていた
その布貼りのアルバムの中で

2013年6月7日金曜日

アイディアなんて








アイディアなんて価値はないさ
ある日、アイディアを出すことに疲れて彼は言った

ここ数日
いくつものすばらしいアイディアが浮かんではきたけれど
それらは彼が記憶し あるいは さらにふくらまそうとする前に
彼方へと消えていった 跡形もなく

アイディアは浮かんでは消えてゆくものなのだ
もう彼はそれを追いかけない
そして
もう
アイディアの気配さえ
彼は無視をするのだった

梅雨と真夏の間の季節に
どんよりした空一面の雲の真ん中に
太陽が豆電球のように見えているが
あのちっぽけな太陽のおかげで広い地球上はこんなに明るい
そんなことが実際にあるのだ

関係ないことかもしれないが
彼はお腹を空かせてそんなことを考えていた
そしてカレーでも食べようかと思っている
気をつけないと
彼は週に10遍もカレーを食べてしまう

マルチタスクの脳みそのデスクトップは案外狭く
そのせいで
いろんなことを同時には考えられない


2013年6月6日木曜日

願い事


祈らないと
祈りは通じる

だから
祈らなくていい

鈴蘭の鈴を鳴らして
願をかけているのは
祈ることを知らない
雨の粒

きのうやんだ雨は
もうどこにいるのか分からないが

願い事は
天に届いたのだろうか

2013年6月5日水曜日

女の時間


それは霊障(れいしょう)ですわ と
煤(すす)けた女が神妙な顔で言った

最も苦手とするタイプであることが
相手にも悟られていることだろう

その明白なバレバレの状態が
なんともはしたなく感じられ
彼は冷笑して後ずさりするしかなかった

「霊障に冷笑か」

笑えない駄洒落を彼は口ごもり
煤けた女のまえで
成り行きを見守るしかなかった

タイミングよく
鳶が ピヨールルーン
と啼いて合いの手を入れた

今始まったばかりの
この対話
彼にとっての最も長い日となるだろう

女との出会いにピンを売って
黄色い糸で同心円を描く
私の時間

それはまた不幸にも女の時間でもあるのだ

2013年6月4日火曜日

冷たい何かを舐めながら


オフィスには半分ほどの従業員が残っていた
きょうはベースの照明を点けない日なので
夕日のオレンジ色の強い光線が開け放たれたブラインドの向こうから
遠慮なく差し込み
フロアは雑然とした影絵の世界となっている

白い薄手のブラウスを着た女子社員Kの胸は
ブラジャーのレース模様のふくらみまで
透かして夕日と反対側に影まで作っている
そわそわした男子社員は横目でそれを盗み見て
ごくりと喉の音を立てた

セクションの長の女性は
高学歴の才媛だがまっとうな恋人が作れず
妻子持ちの取締役部長の影の女を務めている
それは公然の秘密というのだと誰かから聞いたが
彼女自身はもう誰かに知られても仕方ないと思っている

新卒で入社し4年目を迎えたR嬢は
この4年間で5人の男子社員と関係を持ったが
喫煙室でそのうちの何人かと偶然一緒になると
その度に
何人もの男に求められてセックスする妄想を巡らせ
秘かにエクスタシーを覚えている

夕日はやがてくれてゆき
それぞれの机の上にデスクライトのLEDの冷たい光と
モニターの画面が輝き始める

私にはそれが不吉なものに見えてしまう
例えば死者たちをあやつり
この世を滅ぼす指令を映し出す光に
あるいは
世の人の心をかき乱し野獣へと変身させる光に

私は冷たい滑らかな何かを舐めながら
舌先でそう思う

2013年6月3日月曜日

この世に「奇跡」というものがあることを
忘れて暮らしていた
いや
たまに机の引き出しの奥から
いつか好きな人に貰った大事なプレゼントを取り出すように
そのことを思ってみたりしたことはあったけれど

だか
奇跡は
自分の日常とは無関係だと
いつの間にか思い込んでいた
そうするしかなかったから
私には過酷な暮らしの日々が訪れては消えて行ったから
そこには奇跡は気配さえ現わさなかったから

しかしその日
ハンバーガー屋で安いコーヒーを飲みながら
久しぶりに普段考えないことを考え
普段思わないことを思い描いている自分にハッと気づくと
隣にもう忘れていたリアルな奇跡の顔があった
奇跡は 久しぶり! と言わんばかりに私を見ていた
私は焦り奇跡のことを思い出そうとしたが
脳みそをフル回転すると同時に
奇跡のことを思い出した