名前を呼んでも彼女は振り向かないだろう
彼女は名前を換えたから
名前を換えて記憶も消したから
彼女は水辺に佇んで背中を向けている
背を向けて自分の気持ちにも背を向けている
水面に彼女が男に犯されたシーンが繰り返し映し出されているが
彼女にはそれが見えない
もう当り前の風景の一部になっていたから
彼女はいま感傷に浸っているのではない
もちろんなにか夢見ているのわけでもない
彼女はこの風景に溶け込んでいるだけだった
たまに微風で感情が波打ちそうになるのだが
気圧と仲良くなってそれを抑えようとしていた
時は一瞬だった
たとえば写真の一枚のように
たとえば一度の瞬きのように
もう二度と訪れようとしなかった
私は振り返る
彼女の眼を
前から覗き込んだときのことを
彼女は裸だった
なにもその躯にまとっていなかった
弾力とぬくもりが渦巻いて
私を巻き取った
わたしは今
近寄らずに彼女を見ている
彼女は自らの宇宙に
アクセスを試し続けている