2012年4月20日金曜日

僕が死ぬ一日前に

僕が死ぬ一日前に僕と結婚してください
僕はずっとあなたのことが好きでした
少ない交わりだったけれど
僕にとっては幸せでかけがえのない時間でした

あなたの化粧が僕のシャツについた時
あなたがすまなそうにしたことも
ドキドキするような思い出です
息を止めて人生最大の賭けをした瞬間でした

あなたが渡してくれた花の香りのソープ
未だに机の引き出しで香っています
占いの書かれた手作りのカード
どこに行ってしまったか分からない出来事の数々
思い出そうとふと立ち止まってみるけれど
なかなか思い出せません

あなたはいまどこでなにをしているでしょうか
だれとどんな話をしているでしょうか
誰かのうでの中で
優しく目を閉じて眠っているでしょうか

僕はいつもあなたを思っています
あなたを幸せにしたいと希っています
一日だけでも
僕の幸せと重ねあわせたいと

だから
僕が死ぬ一日前に
僕と結婚して下さい
そのあとは
すぐに
忘れてくれても構わないので

2012年4月19日木曜日

詩になることば

詩になる前のことばは
とてもいい

詩にならずに
消えて行ってください

永遠にとどめようとしないで
消え去る自由を
繰り返しいつまでも
与え続けてあげてください

季節がめぐり
やがてまた新しい花びらが
何かを語ろうとしているが
その前に立って
私は言葉をなくしている

それは自然なことだ
古い言葉が濾過されて
おいしくなって
湧き出てくる

詩人はその脇に立って
その水を飲むといい
言葉ではないもので
喉を鳴らして

2012年4月18日水曜日

埃ゴミの主張

私ははエッジのない
埃ゴミのひとつ
まちに立つ建物にだってひとつひとつ物語がある
東京の空は狭いといわれるが
鳥たちは飛び回る自由を持っている
私は
誰が捨てたかも知れず
自らの自由を持たない路上の埃ゴミ
謝る必要もなく
媚びる場面もこない
雨の日にいちばん低い場所から
街を眺めよう
望みではないが
いま言えるのはそのくらい
以上

2012年4月17日火曜日

あなたと僕

あなたがジャンプするから
僕は跳ばずにいられる
傷だらけになっても
あなたは立ち上がるから
僕は布団を体に巻いて潜っている
勝手口や玄関であなたは押し売りを撃退するから
僕はあなたを盗み見して中心を熱くする
あなたはバーのカウンターで強いお酒を何杯も飲む
僕は眼を閉じたあなたのからだをゆっくりと舐めまわす

夜の間に貯水池の水は誰かが飲み干してしまったらしい
あなたは酔いつぶれて寝ているし
その傍らで
ぼくは干からびている

街中が騒いでいるが
ふたりとも
いつまでたっても
起き上がる気配がない

2012年4月16日月曜日

シャワーで流せる

パンを焼きましょう
海を見に行く前に
でもそのまえに
手紙を書きましょう
石鹸で手を洗ってから
(爪の間もきれいにしましょう)

苦しいことは
砂浜に行った時に
遠くに放り投げましょう
(できれば暗い気持ちと一緒に
人の頭に当てないように注意して)
(散歩の犬が駆けていった後で)

いつでも何かをする前に
何かをしなくてはならないから
し終えたらすぐ準備しましょう
(追い立てられる前に)
(なんて
これは嘘)

(約束はあなたを縛るから気をつけて)
パンツを脱いでから
シャワーを浴びましょう
気に入った香りのSOAPを手に

電話して泣くのは先にすませておけば
もう電話が鳴っても出なくてもいいから
気分よくシャワーで流せます

涙では流せなかったものも
シャワーで流せるもの
クラシカルな恋バナも

2012年4月15日日曜日

それはミの音
好きな音
優しいけれど
突き放してくる

一人で
部屋に引きこもっている時
思い出すのは
あなたが発するミの音

混じりけのない
ミの音に
あなたの言葉が乗って
震えながら
私のところにやってくる

紙で作った帆掛け舟のように
私を喜ばせるために
私を欺いて
私の耳の奥へと進んでいく

2012年4月14日土曜日

私の机を照らすのは

デスクランプに照らされている
デスクの周りの闇
一人の少年が椅子に座り
何かを書いている

長い時間そこに座っているが
苦闘しているようだ
その様子が表情から読み取れる

何を書いているのか
何を悩んでいるのか

完成の兆しがないまま
いつの間にか
みるみる少年の体は透明になり
大きな破壊音がして
ついにはデスクも闇も消え
私の中にそれらは
のりうつるように
入ってきた

そのため
いま私はデスクライトの明かりを消して
パソコンをシャットダウンした


私の机を照らしているのは
漏れいるLED街灯のわずかな光だけだ

2012年4月13日金曜日

その果物が

その果物がなぜ美しいのか
ありふれた木の器や
織物が敷かれた古いテーブルや
窓から差し込む光が
なぜ美しいのか
私は彼女に尋ねてみたくなった

なぜ
美しいのだろう

それで私は
彼女に電話を掛けている
答えはきけるだろうか

彼女は出ない
彼女は大学に勤めている
学芸員の資格を持っている

何かきけるはずだ

だか
きけたのは
電話にでることができません
というアナウンスばかり

その繰り返し

答えは自分で考えなくてはならないのか
彼女もまた
なぜ
美しいのだろう

美術館に飾られた
一枚の静物画のように

2012年4月12日木曜日

身代わりにぼくが死んでも

身代わりにぼくが死んでも
あなたには分からない

ぼくはただ身代わりになって
ひとりで勝手に死ぬだけだから

この命は軽いから
世界のバランスは変わらない

一雨降れば
いつもと同じ空を見上げられる

ぼくは軽いものに憧れていた
みんながダイエットするように
ぼくは命を燃やしてしまおう
すっきりして気持ちいいだろう

だから身代わりにぼくが死んでも
ぼくは幸せなのだ

周りの人は
風に舞うぼくを
手のひらをかざして
受け止めようと戯れる

もう
日差しは夏の予感をのせて
汗ばむほどに強いのだ

2012年4月11日水曜日

知っている人

なにか必要な手続きを
忘れていたり
気づいていなかったりしている気がする

去年
生暖かい雨の夜に
私が踏んだ
あの花びらと
お別れする手続きもしていない

ほかにも
ある

たくさん
やらなかったことが

やらなかったことの影に
やったことは隠れてしまっている
私は
なにかやったことの
結果なのか
それとも
やらなかったことの結果なのか

誰に聞いたらいいのか
分からない

きょうの雨の雫にか
発射予定のミサイルにか

それとも
私自身が
答になろうとしているのか

この雨に
何を紛れさせていいのか
いけないのか
知っている人がいたら
教えて欲しい

知っている人のことを
知っている人がいたら
教えて欲しい