2014年4月10日木曜日

未消化の映画

窓がガタガタ気が狂ったように
鳴ります
カーテンを開けると
異様に明るい列車がゆっくり走っていくのが
見えます
そのせいで
街の様子はかき消されて見えなかったのでしょう
記憶の中で
明るい列車が走る姿がリピートされます

私は明るい列車です
すでに人間ではありません
明るい列車になって
夜の線路を
海の方へ走ってゆきます
途中に山もトンネルもあるでしょう

窓がガタガタいっていますが
なんの どこの窓なのか 分かりません

私は腕を伸ばそうと
胃袋から肋骨を突き抜けて出します
指先に胃液と未消化のものが付着しています

私の計器は狂っています
後ろからもう一人の私がやってきて
なだめようとしましたが
背骨の方から腕を突っ込んだので
もうグチャグチャです

電車はねじれた線路の上を行きます
ねじれているからこそ
まっすぐ走れるのです

斜めに陽が差してきました
どこから始まっているのかわからない
透明な巻物です
そのフィルムに巻かれて
映画が上映され始めました
それを見始めたのも
また私のようです
私の視覚がそう言っていますから

2014年4月9日水曜日

あの場所

あの場所に何もかも置いてきたまま
あの場所のことを忘れていた

あの場所に少しずつ埃が降り積もり
少しずつゴムの張力はなくなり
生々しい思い出も少しずつ風化した

あの場所を知る人はいなくなり
あの場所からつながっていた糸も切れた
あの場所を守る人は年老いて
何かをする意欲はなくなった

あの場所は黙って
世間から遠ざかってゆくのを受け入れ
小声で悲鳴を上げるだけだった

ある日
きのうからきょうになろうとする頃
私の内側にあの場所が現れ
狭い階段の先に古い畳の続きの部屋が見えた

長い間私はその場所のことを忘れていた
だがそこは私の部屋だった
愛する人とのつらい思い出も置いてあった

私にどうしろというのだろう
その場所の地図もなければ行き方も分からない
あの場所は幻ではないのだろうか

そう思えば思うほど
あの場所は扉を開けて
私の心の穴にその口をポッカリと重ねて
すべてを飲み込もうとした

そして
飲み込んだあとにあの場所は消え
もう誰も
思い出すことさえできないのだ

2014年4月8日火曜日

とがってるきみ

よそいきのふくのせい?
きみのかたが
とがってる
きみはくちびるもとがらして
かわいいえがおを
ふりまいてる
もったいないよ
ぼくにだけ
みせてよ
そのえがお
とがらしたくちびる
とがったかた

きみはやさしい
すてきなひと
おこったかおも
みてみたい
ねえ
おこったかおを
してみて
ぼくにだけ
こっちをむいて

2014年4月7日月曜日

えだ

なにもしらない
おとうさん
なんでもしってる
おかあさん
ふたりをみてる
ぼくとねこ
それをみている
まどのえだ

2014年4月6日日曜日

記念日

死にたくなるような日々の数々も

日差しに暖められて起こされた沈みゆく朝も

絶望を一人で抱えたような顔して

さまよっている午後も

かたときも離れずきみを守ってきたもの

それがどこから来たのか

きみはしらないまま生きている

轟音とともにきみの脇を走り去ってゆくダンプ

カミソリの刃がスッと血の線を引く

きょうは記念日

きみと私がきょうを生き抜いた

2014年4月5日土曜日

星屑

アイスコーヒーが喉から沁みて
全身を一つにまとめようとする
星屑が見えないところで箒ではかれている
光の粒がまぶたの裏に集まってくる
それを水の流れが眺めている
私は息を止めて
命の在り処をたしかめようとする

2014年4月4日金曜日

あの なんでもない

あの
なんでもない
ゆめの続きに
戻ることができない

あの
なんでもない
意味のない風景の
一コマに戻りたい

あの
なにも思わなかった
忘れてばかりの日々に
帰るように

あの
命とおなじ重さだった体に
帰るように

あの
なんでもない
ゆめの続きに
戻りたい

前も後ろもない
流れない時間の
真ん中へ
入っていきたい

2014年4月3日木曜日

だれかが心を

黙って静かにしていたら
だれかが心をノックした

気のせいなんかじゃありません

心の扉をあけてみた
すーっと風が吹き込んだ

泥棒入ってこないかな

ゆったり椅子に座ってた
時は行列作ってる

いったいどこへ行きますか

星の明かりが灯ったら
幸せなこと数えます


数えるうちに いなくなりま

2014年4月2日水曜日

未来のことを

不幸せだと思っていた
幸せだった日々

いま
まいにち苦しんでいるが
これからきっともっと苦しくなる
苦しみのなかに
幸せはあるだろうか

あったら
おしえてほしい
なにかの合図をしてほしい

私はまじまじと
幸せをながめて確かめてみよう
ざらざらした背中をなでてみよう
他人行儀な幸せは
私になじんでくれるだろうか

私は幸せを大事にしよう
幸せに好かれるように
友達の苦しみも一緒に
未来のことを夢見たりして

2014年4月1日火曜日

道路を封鎖しています

私は数十人の仲間とともに
道路を封鎖する活動をやっている
権力の横暴に慣れきった人々を覚醒させ理不尽な世の中を少しでも良くするため
国道の大通りから別の大通りを結ぶ200メートルほどの道に
立ったり寝たりして人間バリケードを作っている
この活動は何人かの住民と通りがかりの人によって自然に始められた
私が加わったときにはもう近隣の学生や商店主やOLやサラリーマン、公務員、警官などあらゆる職種の人間が参加し
すでにもう今と同じ規模だった
参加者は日替わり、時間帯で入れ替わりこの場所を「守って」いた
この道路封鎖の型破りなところは
警察を模した検問形式で通過しようとする者に話を聞き
最後には「通してしまう」ことだった
道の中間点では10人ほどがスクラムを組んで路上に横たわり
半固定状態でそこを守っていたが数分おきには立ち上がり「検問」が済んだ車両を通した
私は近くの高台のマンションの9階に住んでいた
夕方になると私はその部屋に帰り
全面がガラス張りの南側の窓から果てしなく広がる海を見た
右方向の空を真っ赤に染めて沈んでいく太陽を見ると
高揚感がこみ上げてきて誰かと分かち合いたい、とその度ごとに願ったりした
道路封鎖が始まりしばらく経つと
いつもその道を利用するドライバーには「慣れ」が見られ
すぐに通してもらえるだろうとたかをくくり、低速で強引に「検問」を押しのけて突っ込んでくる者がいた
私は立ちはだかりなぎ倒されるのを覚悟で「検問」にのぞんだ(ある時は都バスの前に立ちはだかったが押し倒され危うく命を失いかけたが、10人の仰臥位スクラムの人たちがそれに無言の抗議をして反日に渡って都バスを立ち往生させた)
「検問」の内容は挨拶や日常会話や問いかけや自らの吐露だった
決まりはなく時に1時間に及ぶこともあった
ある女子の高校生は相手にすまなそうに自分の気持ちを話して相手を和ませたし
ある公務員は相手の仕事をねぎらいつつ道路封鎖の意義をといた
道路封鎖は美しい情景だ、とに私には見えた
200メートルの道に夜が来て街灯が灯ると
仲間たちはだんだんと入れ替わったが夜の参加者は少なく、10人に満たないこともあった
雨が強い日などは仰臥位スクラムは1人か2人の時もあった
明け方近くに私が参加すると雨に打たれた仲間が救急車に担ぎ込まれていることがあった
そしてこの活動は出入り自由、みな対等、平等でリーダーもなく決まりもなかった
そしていつまでも続くようだった
道路封鎖はこの道を利用して生活する人に不便さを与えたが
同時に夢と希望を与えた
封鎖する側もされる側も
その顔に人間の表情を取り戻していたのである
私は仲間と続けているこの活動を誇りにおもう
奇跡的に興り続けられているこの活動は未来の道標になるだろう
仲間の一人のジャーナリストがこの封鎖を記録し論述した
私もまた心にこの活動を刻んでいた
仲間の誰もが
そして目撃した人の誰もがそうしたように
そして誰かに語り始めた