2012年5月20日日曜日

詩があなたを

詩の始まりは東にあり
終わりは西にある
行は
北から南に伸びている

人は南の果てに行き着くと最北へ飛び
次の行へと暗黙のうちに導かれている

いまあなたがどこにいて
どこに向けて旅を始めるかは
あなたの自由だ

詩があなたを追いかけて
出会おうとしているかもしれない

2012年5月19日土曜日

椅子が知っている

その頃
椅子はただ椅子だった

小学校の椅子
駅のホームの椅子
野球場の椅子
自分の部屋の椅子
家のソファー
教会の長椅子
公園のベンチ
マクドナルドの椅子
縁側のロッキングチェア

どの椅子もただ
私の前で
椅子であるだけだった

私は
座り心地などは気に留めずに
ただ無心に椅子に座っていた

いま
思い出すと
いろんな座り心地があった
大人になってから
座り心地を気にするようになって
おのずと自分の心地のいい居場所に向かった

ものの価値やディティールが分かるようになったのだろうか
いや
ものの価値やディティールが分からなくなったのだ

心地のいいクッションに邪魔されて
木の硬さも自分の罪深い重さも

2012年5月18日金曜日

片付けられないものがある

どうして終わりにしたのか思い出せない
夢のお城
夢の街
いつまでも作って
いたかった
眺めて手にして
作って
住んで
いたかった

家族がもうやめなさいと言った
ご飯だから
箱にしまいなさい と

だが
私はしまわなかった
そのとき
終わりにしたのか
思い出せない
誰かが片付けてしまったのだろうか

いま
作ったものは
どこにあるのだろう
引越し荷物のダンボールを片付けながら
私は
片付けられないものがあることを
知っている

2012年5月17日木曜日

お弁当は好きですか

中学生のころ
学校ではお弁当を持って来ることになっていた

食べたくなかったので
持たされたお弁当は
毎日
あまり箸をつけずに持ち帰った
まずいわけではなく
その味は
いつで当たり前に
そばにあったから

食べなかったのは
気になることがあったから

家に帰ると
私は自分の部屋にこもって
考えごとのつづきをした
何を考えていたのか
言葉にすることはできない
そして
いつの間にか夜になる

お腹が空いた私は
何食わぬ顔をして
居間に行き
ご飯を食べた
いつもの味のご飯を

食べなかったお弁当の分も
たぶん食べた
成長するために
食べた

今は
何のために
お弁当を買って来て
食べているのか
分からない

2012年5月16日水曜日

引っ越し

深くしぶとく根を張ってしまわないうちに
自分で引っこ抜け
自分を

大地の
囚われの身になるにはまだ早い
風を捕まえてどこへでも飛んで行け
戻りたくなったら
戻ればいいのだから

昨日の荷物を解く前に
きょうも引っ越して行け

2012年5月15日火曜日

〈タイトルなんかない〉

錆びた缶からだけど
カランコロンと
いい音を出すね

あなたはコロンを素肌に叩いて
いい音を出した

私は
錆びついた感覚器官を
どうしたらいいかな

油をさして
ジタバタ転げ回ったら
丘の上の夕日の沈む海が見られるかな

2012年5月14日月曜日

兎と

兎を追いかける
兎を捕まえるために

兎を捕まえると
私に新たな課題がうまれる
兎をどうするかという
進行形の課題だ

兎を撫でる
兎を撫でると
兎が落ち着きなく体をよじる
私は兎と一体になって
自然に動きたいと思う

兎は普段見せない様子を見せる
私は驚きながら
もっと他のことが起こらないか期待する
兎は兎の匂いを発する
私は兎の匂いに包まれながら
先に進むか後退りするかを考える

兎は元気に細かく動く
私はうでに力を込めて
兎の体制を変えようとする
兎はなにか別のことを考えている
私は兎の思考の中で泳ぎまわる

兎は疲れを知らない
私はさらに泳ぎ続ける
兎の満足はいつまでもきりなく満たされない
私は兎に殺されてしまうのか

兎は無垢な様子で白い毛に包まれている
私もまた
白い毛に包まれてしまう

それのため
兎をもっと外から見ることが出来ない
溺死寸前のまま
私はゆるやかに流れていく
いつの間にか自然に出来た
沼の水面を

2012年5月13日日曜日

詩の効用についてのメモ

詩人は一編の詩を用いて
世間に負けそうな一人の子どもを
救おうとしている

故に詩は
絶望をうたわない
絶望に差し込む一筋の光をうたっても

詩は
一人の子どもの傍に佇む
佇んで
いつも見守っている
その子が心ないいたずらや身内の凶器で傷つけられたとき
さりげなく視界の中に現れて目配せをする
そして言葉のバリアで覆って傷を癒してしまう

詩は
当たり前のように存在しているが
その本当の姿を
人は説明できない
詩に出会った者だけが
詩の姿を知り
詩を書く者だけが
それを詩によって伝えることができる

だから
詩の効用は辞書には載っていないし
薬局でも処方していない

2012年5月12日土曜日

プールの日

水面がそこら中で光を乱反射するので
僕たちの顔は皆まだらになっている
塩素が加えられた冷たい水に漬けられて
熱い躰も柔らかい皮膚も抵抗していたが
水着が先に降参して防御することをやめて
体を明け渡したので
僕たちは裸同然で感染しあっていた
それを誤魔化すために奇声をあげたりしながら

更衣室は男女別々だったはずだ
ここでは一緒の水に入って
交わらない誓いを牽制した
ひとときを至近距離で
時には接触して過ごした
それは刹那のように
幻となって放課後の机の上で
干からびようとしていた

女子と男子はあやふやに分離して
個別に交じり合うことを促した
古典の教科書の影で
指で空気を切り指揮をして
空気さえ味方につけて

2012年5月11日金曜日

怖い靴下

洗濯したての
破れた靴下が怖い
履いたら
捨てるのか と
詰め寄ってきたから

破れたところから
足の甲が覗き
かさついているのが見える

脱いで
手に嵌めてみたら
見慣れた素材と色だが
穴から手をだそうとすると
伸びながら裂けていった

大地の切れ目から
血が噴射して
叫び声を上げた

ゴムが喉元を締め付ける

洗濯したてのいい香りのまま
死んでもらおう
また生まれ変わってくるのか
どんな命として?
誰のもとに?