2013年8月31日土曜日

あるく

あるく
みちを
ろうかを
かいだんを
エレベーターを

えきを
ひこうじょうを
スーパーを
がっこうを
じぶんのへやのカーペットのうえを

のはらを
すなはまを
おかのさかみちを
びょういんへむかうせまいほどうを

ねこのうしろから
むかいがわのひとときょうそうしながら
ながいかみのひとのシャンプーのかおりのあとについて
あらまるためのささやかなおくりものをかかえて

あるく
おいかけてくるつきをよこめに
もれてくるラジオのおとをみみにして
ふるいことをいきなりおもいだしたりしながら

あるく
ふつうのきもちで
さびしいときも
わるいしらせをまだしらないときも
なにかのよかんがとぎれてしまったときも

ふだんどおりに
わざとほほえみながら
てをふってあしをあげて
くじけそうになっても
くじけなくても

あるく
いこくのまちを
だれかといっしょに
だれかがいっしょでなくても
きょうも
あるいている
いま
たちどまって
また
あるきだした

2013年8月30日金曜日

三流の私

超一流の
第一線で活躍しているひとの
そばにいても
自分が三流であれば
華やかな世界に足を踏み入れていても
三流であることが際だつだけ

綺麗なひととつきあっても
自分が醜ければ
鏡に映る姿に
写真のなかの自分の姿に
ぞっとするだけ

何を夢見ても
たとえその夢がかなっても
かなった夢が失われたら
夢を叶えているひとと仲良くしていても
自分の部屋のありさまをみて
さめざめと
肝を冷やすだけ

そこに救いはないけれど
救いがないことが唯一の救いか
そこから抜け出したい
か細い思いが
唯一自分をあたため
凍りつくのを防いでいるだけ

2013年8月29日木曜日

きょうで3年目が終了しました。4年目にはいります。



3年前の次の日。2010年8月30日。それまで世間との関わりを最小限にして生活してきたが、また、詩を書いて世間と繋がることにした。世間のうちの半分は自分という得体の知れない身近なやっかいものだ。
世間と繋がっていいものか。幾人かの知り合いは「名前を出さないほうがいい」と言った。また幾人かの知り合いは「気にせずどんどんやるべきだ」と言った。当時はそういうことさえ、難しい、重要な問題に思えた。
公開で、フィクションの詩日記を書くだけ。そういう「言い訳」を用意して、書きはじめた。なんて小さな、つまらない自分。読者は知り合い数人だった。

2013年8月29日。きょうでまるまる3年間続けたことになる。この3年間で、ずいぶん変化したこともあるし、変わらなかったこともある。過去の自分に戻ったこともある。一生懸命やったが、うまくいかなかったり、へこたれたり、ひねくれてひきこもったりした。丸3年なんて、とるに足らない価値かもしれない。だが今の自分にとっては、大事な勲章だ。(勲章なんて、いいものじゃないけれど)。
2008年、自ら創業した事業の経営破綻で、多くの人を傷つけてしまって以来、そのことにどう向き合ったらいいか、なにをしたらいいのか、いつも心の底で考えてきた。堂々巡りを繰り返す中、少しずつ冷静に、ディテールがみられるようになり、いまも発見することがおおい。
そんな中、毎日書き続けていると、詩に対する思いは強くなり、強くなるにつれ、問題意識も強くなっていった。詩を特別視している自分に、つぶしのきかない、異様な「弱さ」を感じるようになった。詩と自然にふれあい、自然の一部のように詩とつきあいたい。そういう思いが気持ちを満たしていった。それは、詩ではない、人間の心と深く関わりたい、という願いであると気づいた。

いま、私が抱えている問題は、どこでどのようなものに結実していくのだろうか。この場は、小さく、見えないほどか細く、隅っこにある存在だけど、役立つのではないかと感じている。答えはいつも「いま」のなかに「問い」の形であり、いつまでたっても答えが出せない予感が寄り添っているが、見てくださっている皆様と、人として生きるすばらしさを発見していけたらと思っている。

2013年8月29日

くさぼうぼうの

くさぼうぼうの
のはらをあるく

くさをふみしめ
くさをけちらし

こんなゆうきが
あったのだ

くさをきにせず
ただただすすむ

2013年8月28日水曜日

キツツキの私


うそつきの私
キツツキがすき
傷つきやすいから
キスするなら
気をつけてね

キツツキの私
キツネと月がすき
ツキが回ってきたら
羽根つきの音で
つつきます 木

傷ついた私
傷つけたキミ
スキマをうめて
きっとうちあけてね
うそつきは禁止

2013年8月27日火曜日

薄暗い部屋で  ー稲妻ー


すりガラスごしに
見える

あれは
稲妻が
縄跳びしているんだ

こっそり
場末の路地でやっているつもりなのだろうが
体がおおきいので
地上の人間たちには
もちろん感づかれてしまっている

(いつもそうだ)

稲妻が縄跳びする時は
何かの悲しい知らせを聞いた時と決まっている
寂寞が空を覆い(時に夕闇、時に青空だが)
ひと面の舞台が出来上がる

(誰かに教えたいが
教えるべき相手がいない)

稲妻の縄跳びは
針金の閃光(せんこう)が
浮いた魂を引っ掛けようとする

引っ掛けて
つれ回しもせず黄泉の国へと
持っていくのだ

すりガラスごしに
見える稲妻は
人情と通じているが
決して馴れ合いを許さない

薄暗い部屋で
床に座って
稲妻が縄跳びしているのを
見ていると
前にこんなことがあったのだと
思い出してくる

かかとが堅い
そして皹(ひび)が入っている
稲妻は
縄跳びをやめない
許しが出ないからではない
自らを嗜(たしな)めるためにやっているのだ

いつか
まりを持った少女が
私を見上げて
何か言っていた

あのことばに
行き着く
その言葉は
くり返し
轟音にかき消され
裂かれ続けている

2013年8月26日月曜日

水たまりの泥


私は水たまりの泥
水面の向こうの空を見上げている
視界を遮り
私を飛び越えていく
あのめそめそ女の
顔は分からない
遮った闇に消えていく白い脚が
月のようなその肌触りを
私に落としていくだけ

2013年8月25日日曜日

子どもの日常


自分の狭い視界にものを押し込めて見ることを
あたりまえもように学んで
おとなになった

おとなは子どものように
ものを見ることができない

子どもも
おとなのようにものを見ることができない

だが
わがままな神さまのように
ものを見ることができる

そんなことできっこない
と おとながいう
でもやってみたい
と 子どもがいう

そんな会話をなんどくり返してきたことか

夕暮れ時
まだ帰りたくない
明日はなにして遊ぼうかな
と 子どもがいう

神さまがそれに続けていう
明日はなにして遊ぼうかな
まあ あした考えればいい
段取りなんかはおとなに任せて
家に帰ってゲームしてあそぼう

そして
流行の戦闘ゲームのボタンを押した

2013年8月24日土曜日

キュッキュッ

靴がキュッキュッとなって
近づいていくとばれちゃう

もうきみはその音をきくと
よろこんじゃう

きみに抱きつくまえに
ぼくもきみもよろこんでいるから

あとすることは
ナイショのことだけ

キュッキュッ
月も沈んだ道を
帰っていこう

2013年8月23日金曜日

サイレンがなっていた

サイレンがなっていた
サイレンは遠ざかっていった
いまは耳の奥で鳴っている
いつのまにか
なつかしい唄と混じって
唄のゆりかごとなって
若い母が揺らしている
ゆりかごの夢