空の裂け目から血が滲んだような濃いオレンジ色の〈別の空〉が
私たちを覆い尽くそうとしている
もし一瞬でも覆われてしまえば
すぐさま窒息してしまうだろう
澱んだ湖がその空を映して
湖底深く抱え込んだマグマを混ぜ合わせようとしている
企てが地上のそこここで
虎視眈々と実行されようと狙われている
この世に冒険者がいなくなってから
ただ人は冒険者の模倣品を繰り返し送り出し続けている
それなのに
ひとは希望を抱くことさえ
いつのまにか拵えられた前世紀の柵の中でしかすることができない
空が群青色に移行し
地上を見下ろす無数の瞳が現れる
だがひとはそれを見ながらも気づくことができない
発せられたコトバは
翻訳され他国にも通じるコトバだ
幼児がテキストブックを開く
何かを知るためではない
知ることから遠ざかるために
幼児は学びの時間に沈んでゆく
もう救うことはできない
どんな手を差し伸べても
手は枯れた細く頼りない草の茎でしかなくなっているから
会社は3階建てで森のなかにある
上空から見ると正方形のタイルのようだ
そこには101人の人が働いているが
その内31人は別の会社に在籍している
建物の外装はコンクリートの打ちっぱなしで
内装もごく簡素であるが
間仕切りはしっかりとしている
1階から3階まで
見通しのよい幅広の階段でつながっていて
1,2階の階段踊り場からは下のフロアの突き当りにある正面の入り口を
ほぼ見渡すことが可能だ
会社にはめったに最終ユーザーたる顧客は来ない
そのためビルには立派な玄関はなく
ビルの正面のガラス扉を開けると
すぐにデスクワークをしている社員たちを見ることができる
当然受付嬢が着席している受付のようなものはない
私がいるフロアは3階だが
3階は大きなコモンスペースが中心に陣取り
それを取り囲むようにワークスペースが配置されている
コモンスペースはフレキシブルにその姿を変え
あるときはイベント会場に
またある時はプレールームに
またあるときは何の変哲もない日常的な会議室となる
建物の柱は皆コンクリートがそのまま露出していて
均等に整然と立っている
すべてのフロアの天井高もまた統一されていて
4メートル50センチメートルである
故に時折いま自分がどのフロアに居るのか
錯覚のため分からなくなることがある
建物の外周は
無人のプロムナードとなっていて
その美しさには誰もが驚愕する
柱の間に見られる風景は
緑を湛えた森と芝生の庭である
道はなく
そこだけが孤島のようであることを誰もが感じる
初夏をまえにしたその日
私は詩人の御徒町凧を招いて3階のコモンスペースで
夜を徹しての詩の朗読会を主催していた
すでに会を終え二人は何人かを伴って
私のワークスペースで思い思いの飲み物を手にしながら
詩についての話をしていた
その時
パイプスペース脇の物置から私を呼ぶ声がして
私は一人そこへ入っていった
中には物干しロープが張られ
私がきのう洗濯した洗濯物が干されていた
柱に取り付けられた配電盤を開けると
そこにはエアコンのスイッチがあり
私はそれを右にひねり
壁から突き出ている通風ダクトから勢い良く吹き出し始めた熱風に
洗濯物を押し当て乾かすことに全神経が集中していった
御徒町凧は階段を降りていった
私は何事もなかったようにもう案内している
「このフロアのこの辺りは提携会社の社員の人たちが仕事をしている」
などど自ら計画し実現したことを説明する
朗読会を終え朝のビルの中から感じられる外の気候は
この上なく爽やかだ
このビルで働く人の男女比は女子が約8割と多い
男は恋愛の誘惑の香りを感じ心がざわめくのが普通だ
社長
と呼ぶ声がした
御徒町凧と私は振り向いた
そこにはなんと
おかちめんこの仮面をかぶった
あの噂の美人秘書が立っていたのだ
くちぶえが
うまくふけない
あなたは
うまくふけるのに
でも
それはきらいなところ
くちぶえふくより
くちびるふさいで
ちからをこめて
だいてね
なみのように
ただよわせ
そらに
うつして
わたしは
ならないくちぶえで
きみを
たたえるから
世間の隅っこにいるけれどここは世間の隅っこの真ん中世間は賑わっているけれどここは世間から一番遠い場所
だれもが世間へ出かけていって
友をみつけて笑顔を見せ合う
世間の隅っこの真ん中には
だれもやってこない
世間の隅っこの真ん中には
一足早く
だが 静かな春がやってくる
やきもちをやいても
いいですか
あなたをひとりじめ
したいの
それはわるいことではない
それはすてきなこと
だれかとあなたをわけあうなんて
ふじゅんだわ
やきもちをやいて
くれませんか
わたしをひとりじめ
してほしいの
それはきゅうくつなんかじゃない
それはかんじること
このむねのほのかなかおりを
おぼえてほしいの
トリが木の実をついばみます
ぼくはなにをついばもう
ぼくはケーキをついばみます
トリはなにをついばむの
トリはシュークリームを
ついばみます
ぼくはトリが大好きです
トリはだれが好きですか
ともだちが
そのともだちの
そのまたともだちの
うわさばなしをしている
うわさばはなしを
されているのは
ぼくがあったことがない
ともだちのともだちのともだち
ともだちのともだちにも
あったことがないから
ともだちのともだちと
ともだちのともだちのともだちとでは
どちらがいいともだちになれそうかは
わからない
だけどきっと
とのだちのともだちや
ともだちのともだちのともだちなら
きっとともだちになれるだろう
ともだちとはいいもんだ
ぼくはむねがあつくなる
あったことがないともだちのことをかんがえると
きっと
あったことがないともだちも
あったことがないぼくにあいたがっている
かぜのうわさでつたえてよ
ぼくのうわさばなしを
ついでに
だれもしらないみらいのともだちに
ぼくの頭に巣をつくって
鳥が住みついた
朝から賑やかでしょうがない
友達は
うらやましいという
いい効果音だね とも
ぼくがなにを考えているっていうんだ
そうか
蒼い空に
なにか忘れ物をしてきたっていう
あの 詩人が言っていたやつ?
鳥は巣を出て行ったり
戻って来たり
おい そこでなにか食べるのは
やめてくれないか
人の悩みなんて
こっけいだね なんて
どこかでうわさ話してきたのかい?
ほら
月がのぼってきたら
もう おやすみ
あしたはぼくが
たたきおこしてあげる
なぜか光ってるね
樋口くん
なぜ光ってるんだろう
樋口くんの顔
なぜか光ってる
樋口くんの目
なぜか目立っているね
樋口くんの筋肉
なぜか少し変だね
樋口くんの話
なぜか面白いね
樋口くんといると
樋口くんは
見ているね
人やものごとを
樋口くんは動じないね
ちょっとのことでは
樋口くんは
何が好きなの
樋口くんが好きなもの
変わってるよね
なぜか人が寄ってくるよね
樋口くん
なぜかいい仕事をするね
樋口くん
なぜかひとを驚かせる
樋口くん
人生の晴れ舞台ってどんな気分?
わりといいせんいけちゃってる
なんて
思ってる?
きょうはおめでたいね
みんなが驚き
ほっとして
うらやましくなり
自分も頑張らなくちゃって
思ってるよ
そして樋口くんから
幸せのおすそ分けをもらって
案外 いつも
もらってばかりだな
なんて 思ってる
樋口くんはそんな人
いつも
与えてもらうような顔をして
なにかを
与えてくれる人
ありがとう
お礼を言いたいことに
いま 気づいた
でも
あんまりイイキになるなよ
封筒の中に
何が入っているのか
思い出せない
それは
見たことがある
よく知っている封筒
封が外れかかっている
でも
凛とした封筒
誰が何をいついれたのか
分からない
それを誰が知っているかも
忘れてしまった
でも
ここにある 封筒
私がここに来る前から
ここにあった
静止した風が
出てきたがっているかも
知るよしもない
隣人に不利な何かが
入っているのか
信心深い人を喜ばす何かが
入っているのか
見ていると
目眩さえしてくる
四角く視界をふ塞ぎ
静かにたたずむ
封筒